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あとは誰に



海外の大学に、音楽を学びに行く。


初めに家族に伝えて、彩歌さんに伝えて、ヒストグラマーのみんなに伝えて、ドリームボックスのみんなに伝えて、あとは誰に……、誰、に……。


あ。


「御子柴お前なぁ、そういうことはもっと早めに教えてほしかったぞ。俺一応担任だかんな?」

「うっかりしてました」


先生にはなぜか話した気になっていたのだ。最初に海外の大学という選択肢を俺にくれたのは先生だったし。


「それで?どこの大学にしたんだ?」

「ここです」

「音楽の名門中の名門だな」


英語で書かれた音楽雑誌の1ページを指差す。音楽に興味がない人でもその名前は知っているくらい有名な音楽大学の最高峰の一つ。


「この大学ってたしかドイツ語の試験があるんじゃなかったか?だからいくら音楽ができる日本人でもなかなか入学できないって聞いたことがある」

「なのでいま、猛勉強中です」

「はぁ~。その行動力を褒めればいいのか、もっと慎重になれと言うべきなのか悩む」


できれば背中を押してもらいたいところだ。


「浪人覚悟ってことか?それとも滑り止めも受けるか?」

「ここ一本。浪人覚悟です」


言うは易く行うは難し。


滑り止めを受ける選択肢もあったが、楽な道を用意してしまうとそっちに行ってしまいそうな気がした。


だから一つに決めた。妥協もしない。


それが唯一、俺が後悔しない道だろうから。


「意志は固い、か。なら俺は止めない。全力でサポートするだけだ」

「ありがとうございます」





―――――――――――――――――――――――




「せぇんぱい!」


校舎の廊下を歩いていたらあまったるい声が聞こえた気がしたが気のせいに違いない。


そもそもこの高校の中で「先輩」と呼ばれる存在は2年生と3年生、つまり全体の生徒数の3分の2が該当する。ならばここで俺が呼ばれている可能性は限りなく低い。


「せんぱいせんぱい!」

「……あいたたたたたたっ!なに!?」


背中に猪が突進してきたかのような痛みと衝撃を受け――実際に受けたことはないけども――思わず立ち止まった。


「なぁんで穂希(ほまれ)を無視するの!もぉ~。ぷんぷん!」

「だってお前話が長いたたたたたたっ!」

「え、なに?手足が長いって?」


後ろから関節技を決められ、悶絶する。


「スカート履いてるんだから少しは動きを自重しろ……」

「ちゃぁんと見えないように計算して動いてるもーん」


それはそれで怖いけど。


今は昼休み。昼ご飯を食べ終えて廊下に出ている学生も多い。


あらゆる角度から見られていたはずだが、それらすべての視線を把握していたのだろうか。


「ねぇせんぱい。なんで髪きったの?」

「え?」

「穂希のせんぱいなのに、取られちゃったみたいで嫌だ」


髪を切って、眼鏡を外してから、よく知らない後輩に声をかけられる。


「見て!御子柴先輩だ~」

「カッコいい!」

「本当に目が青いんだ、素敵~」


こうして遠巻きにキャッキャされるのも最近よくある。視界がクリアになった反面、見世物になったみたいで居心地が悪い。


()いてんのか?」

「穂希の美貌が(かす)むから妬いてる……っていうのは半分冗談」


半分は本当か。


「せんぱいあと2年留年してよ」

「高校5年生になれと……?」

「そしたら一緒に卒業できるから」


俺も、先輩たちを見送るときはこんな表情をしていたんだろうか。


「後輩が寂しそうな顔をしてくれるってことは、俺は立派に先輩をやれてたってことかな」


先輩後輩、っていうのは初めての経験だったから。後輩に慕われるってこんな感じなんだな。弟妹に慕われるのとはまた別な感じ。


「穂希を理解してくれたのは家族以外ではせんぱいが初めてだった」


髪色のことを指してか、化粧のことを指してか、女装のことを指してか。


「せんぱいのおかげで、お友達がいっぱい増えた」


穂希はたまに、男子制服で登校している。


自分を表現する術を、女装以外で見つけたのか、はたまた気分なのか。


どちらの姿のときも友人たちに囲まれている穂希の姿を見て、安心した。


「だからねせんぱい。ありがとう。大好き。勉強頑張ってね~!」


それを言って去って行った背中を見送る。


大好きって。


「小学生か」


まぁでも、後輩に慕われてるってのは、存外嬉しいわけですよ。


「よし、勉強頑張りますか」

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