おじいちゃん
前々回登場した謎のおじいちゃんのお話。
突然、誰かを見つけて車から飛び降りて駆けていった青年の背中を目で追った。
「女の尻を追いかけて行くとは、将来が不安だな」
智夏にナイスミドルと心の中で呼ばれていた老人が心にもないことを口にする。
「一途なところは旦那様にそっくりではないですか」
この老人とはもう長い付き合いの老執事は、見抜いていた。長年仕えてきた主の目に涙が浮かんでいたことに。
「自分が祖父だと、伝えなくてよかったのですか?」
マリヤの実の父であり、智夏たちの祖父にあたるセルゲイは、娘や孫に一目会うために来日したのだ。
「いまさら、どの面下げて名乗れというんだ」
最愛の妻に先月先立たれ、悲しみに打ちひしがれていたセルゲイを再び立ち上がらせたのは妻の遺言だった。
『どうかマリヤと仲直りをしてください』
ずいぶん昔に勘当した、一人娘のマリヤ。どこの馬の骨とも知れん奴と結婚するなどと言って家を出たあの日以来、どこにいるのかもわからない。けれど、忘れたことなどなかった。
娘の行方を初めて調べさせた。するとほどなくして日本に住んでいると情報が入った。治安のよい国にいると聞いて安心したが、今まで放置していたのになにをいまさら安心なんてしているんだと自分の図太さに呆れが差した。
マリヤは日本で幸せな家庭を築いている。もしかしたら孫も生まれているのかもしれない。そんな夢みたいな報告が来るだろうと思っていた。
が、調査で明らかになった事実は、到底受け入れられるものではなかった。
4人の孫の内、当時小学生だった長男が事故死、その後マリヤは離婚、そして再婚し、またも離婚。その後精神を患って病院に入院している、と。
調べさせたのはマリヤについてのみ。だから、孫たちの様子も調べさせたがこれにはかなりの時間を要した。2番目と3番目の孫は父親に引き取られ――置いていかれたというべきか――悲惨な目にあっていたらしい。特に2番目の子は虐待を受けていて、学校にも行けず軟禁状態であったと。
その報告を読んだとき、目の前が真っ赤に染まった。もし、目の前にあの男がいたらこの手で縊り殺していただろう。
4番目の孫はマリヤが再婚した後に生まれたが、愛情をまともに受けずに育ったようで、しかも再婚相手の父親に金儲けの道具として扱われていたこともわかった。なぜ子どもにこんなことができたのか。
ただ一つだけ言えることは、娘の育て方を間違えたということだ。
マリヤはどちらの男からも暴力を受けていたらしい、と最後に報告が上がってきた。マリヤが孫たちにした仕打ちを思えば、受けてきた暴力は因果応報とも言えるかもしれない。が、親としては娘に暴力を振るった者たちを許すことなど到底できはしない。
最初の男は既にこの世におらず、次の男は警察に捕まっている。できることはなにもない。
既にすべて終わった後だ。
マリヤは病院で療養し、孫たちは3人そろって良い人の元で元気に過ごしているそうだ。
他人の自分に今さらできることなど何もない。
なのにこうしてのこのこと日本にやって来て、しかも偶然2番目の孫に会えて話せた。
「おじいちゃん、と呼んでくれた」
「呼ばせた、の間違いでは」
「やかましい」
「この日のために日本語を練習してきて良かったですね」
日本に孫がいるとわかってから、居てもたってもいられず、日本の文化や言語を独学で学んだのだ。
「マリヤお嬢様や他のお孫様たちにも会いに行きますか?」
「……いいや、会いに行かぬ」
「そうですか。では、遠目からでも見に行きましょう。お孫様たちがどこの学校に通われているかは調査済みですので」
「行かなくていい」
「では参りますね」
「行かなくていいと言っておろうがッ!」
「ははは」
その後、車の中からこっそりと孫たちの元気な様子を見て、セルゲイは普通のおじいちゃんの顔をしていたと老執事は語った。
~執筆中BGM紹介~
「鱗」歌手・作詞・作曲:秦基博様 編曲:亀田誠治様




