本当の心
駅まで走っても、智夏クンには会えなかった。
お金もスマホも何も持たずに飛び出したから、電車にも乗れない。
「智夏クン……」
「はい」
「!?」
振り返ったら、智夏クンがいて驚いた。幻かと思ってぺたぺた触ったが、智夏クンの顔が赤くなったので間違いなく本物だ。
「会えた。良かった……。智夏クン、話したいことがあるの」
「うん。俺も話したい」
すっかり暗くなった道を2人並んで歩く。街灯に照らされた街並みは、昼とは違ってどこか寂しそうに見える。
「痛みに臆病なままでいてほしい。怪我することを嫌がってほしい。傷つくことになれないで欲しいって私言ったよね。それはね、私が当たり前に思ってることなの。私は痛みに臆病だし、怪我することも嫌だし、傷つくことに慣れたくない」
隣を歩く智夏クンの手を握る。ぎゅっと存在を確かめるように力強く握って、だんだんと指を絡ませる。
「私はね、私にとって当たり前のことが、智夏クンにとってもそうであってほしいと思うの」
自分でもびっくりするくらいに、我が儘。きっと、こんなに我が儘を言えるのは智夏クンのおかげだね。
「自分の行きたい場所に行くことも、当たり前のことだよ。私はね、智夏クンに……」
今度こそ、顔を見て話す。
これが、私の本当の心だよ。
「自分の生きたいように生きてほしい」
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「自分の生きたいように生きてほしい」
この言葉は、彩歌さんの本心だ。迷いのない、まっすぐな瞳。
「心細いときに耐えられたのも、不安でいっぱいのときに頑張れたのも、ぜんぶぜんぶ彩歌さんのおかげだよ。俺、いっつも助けられて、守られて、背中を押してもらってばかりで。こんな俺が、彩歌さんの隣に立つのは、ダメなんじゃないかって、」
「そんなことないっ!」
叫ぶように否定した彩歌さんに、通行人が驚いて振り向いた。
「助けられてるのは、守られてるのは、背中を押してもらってるのは!私の方っス!私の一番大事な人のことをそんな風に言わないで!」
彩歌さんの瞳から涙が溢れて、零れた。
助けられてたのかな。守れていたのかな。背中を押すことができたのかな。
「彩歌さん」
俺は。
「彩歌さん」
腕の中に抱きとめる。
「好きです。大好きです。愛してます。言葉じゃ言い表せないほどに」
「私の方が好きだし、大好きだし、愛してるっス」
彩歌さんの腕が背中に回り、力強く抱き返してくれた。
俺が生きるのに彩歌さんが必要なように、彩歌さんにとってもそうであれば嬉しい。
「必ず帰ってきます」
「うん」
「ここが、俺の帰る場所なので」
「うん!」
離れていても、心はここに――。
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「えぇ!?海外の大学に行くー!?」
「はい」
「「はい」じゃねーよ!」
「いてっ」
ぺしっと叩かれた。
彩歌さんとよりいっそうラブラブになってから数日後。ヒストグラマーのみんなに進路について話した。そして天馬先輩にぺしられた。
「てかよ、なんで俺以外みんな驚かないんだ」
驚いたのもぺしったのも天馬先輩だけで、他のメンバー達はいたって平常。
「天馬が驚きすぎなだけよ。やめるって言ってるわけじゃないのに」
あの陽菜乃先輩がまともなこと言ってる……。
「後輩君なにか失礼なこと思ってない?」
「思ってましたごめんなさい」
怖いからその持ち上げたマイクスタンドを下ろしてください。
「元々、ヒストグラマーでデビューするって決めたときに言ってたからね。それぞれの生活が優先だって。今だってメンバー全員が集まるのは月に1、2回だし」
「まったく帰ってこないってわけじゃないよね~?」
すみれ先輩と唯一の年下の虎子がフォローを入れてくれた。
「頻繁に帰ってくるつもりです」
学生生活も、ヒストグラマーも、作曲活動も。何も手放す気はないからな。




