言いそびれた
智夏視点に戻ります。時間的には旭が病室に乱入する前からです。
マリヤとの秘密をこの日に話そうって決めた。
香苗ちゃんと、秋人と、冬瑚を入院し直した病院に連れて行った。
自分たちがなぜここに連れてこられたのかわからない3人。それでも、病室に入った瞬間に俺たちが何かを隠していることはわかったと思う。だって、里帰りしたって言われていたマリヤが、俺に連れられて初めて来た病院にいたのだから。
「え……、っ!」
「は?」
「どうして日本にいるの!?」
三者三葉に驚く3人。
ドクドクドク、と心臓が強く脈打っているのを感じる。3人の中で唯一、香苗ちゃんだけはマリヤが病気をしていたことを知っていた。けれど、マリヤの容態や転院したことは伝えていない。だから香苗ちゃんだけは、俺が何か言う前にある程度は察しているみたいだった。「どうして?」って香苗ちゃんの目が訴えている。
3人とマリヤの間に立ち、ずっと隠していた秘密を晒す。
「今日みんなをここに呼んだのは、」
「智夏。大丈夫。大丈夫だから」
マリヤが立ちふさがった俺の手を後ろから引いて、止めた。大丈夫、大丈夫って俺に言っているけれど、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
3人からマリヤを隠すように立っていたが、ベッドの反対側に移動して、皆が見える位置に行く。
「なにから話せばいいかしら……。まずは、秋人と冬瑚にずっと隠し事をしていたことを謝らなければならないわ」
「かくしごと?」
香苗ちゃんの普段と違う様子と、マリヤの深刻な表情に戸惑いながらも冬瑚が問い返す。
「えぇ。私ね、ずっと病気だったの」
「心の病気だったから、入院してたんでしょ?」
「心の病気で入院していたときに、身体の方にも病気があることがわかってね」
「……その病気を治すために、この病院に来たのか?」
「違うわ」
「夏兄も香苗ちゃんも、知ってたの?お母さんが病気だって」
「知ってたよ」
「そのことは、知っていたわ」
秋人も冬瑚も、自分たちだけ知らなかったのだと気付いた。俺たちを見て、愕然として、そして……。
「身体は、大丈夫なのか?」
「お母さんつらい?」
「……っ。うん、大丈夫、だよ」
マリヤが病気であることを、自分たちだけ知らなかったという事実に怒ったり嘆いたりする前に、母の心配をする2人はとても優しい。だから、そんな2人に、いや香苗ちゃんも含めて3人に、これから秘密を話す。
躊躇うマリヤの代わりに、真実を。
「ずっと入院してた病院で、病気の治療をしてたんだけど、病状は進行してて。余命宣告された」
「余命、宣告……?」
「マリヤは、最期は誰も知らない遠いところでひっそりと死にたいって俺に言ってきた」
「なんてこと……」
「俺は、秋人や冬瑚のためには、その方が良いかもしれないって思った」
秋人が俺の元に歩いてきて、右こぶしが俺の左頬に当たった。後ろによろけて、壁に背中が当たって、ずるずると座り込む。
「キャッ」
「あ、秋くん!?」
「夏兄!!」
女性陣が悲鳴をあげるが、秋人から殴られるのは想定済みだ。俺は大丈夫だと、右手を軽く上げる。
「「秋人や冬瑚のため」だ?ハッ。ふざけんなよ。誰がいつ黙っててくれなんて頼んだよ」
胸ぐらを掴まれて、無理やり立たされた。あぁ、秋人の手が赤くなってる。早く冷やした方がいい。
「殴られたってのに、僕の手の心配してたろ、今」
「あ、バレた?」
この言い方が気に喰わなかったのか、胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に離されて、またもや後ろの壁にぶつかった。壁、へこんでないといいけど。
「兄貴は、ぶっ壊れてる。それはみんなわかってる。母さんはそれをわかってて、兄貴を利用したんだろ?」
「……えぇ」
ひどい言われようだ。でも、ぶっ壊れてるのは否定できない。マリヤも馬鹿正直に答えなくてもいいのに。
冬瑚がショックを受けた顔をして病室を出て行ったし、香苗ちゃんは何も言わずに涙を流している。修羅場だなぁ、これ。
それからしばらく膠着状態が続いた。その静寂を破ったのは、さっき病室を泣きながら飛び出していった冬瑚と、吉村先生だった。
「先生どうしてここに……って聞くまでもないですね。休日にわざわざすみません」
どう見ても冬瑚に連行されてここまで来たようにしか見えない。しかも説明もなしで連れてこられたのだろう。先生は今まで見たことが無いくらい、かなり狼狽えていた。
「いや、謝らなくて大丈夫だ」
マリヤに言われた「大丈夫」と同じ言葉だけど、どうしてこんなにも安心するのだろうか。もう大丈夫だ。心の底からそう思った。
その後、先生のおかげで秋人が泣いてくれた。
「秋人、殴らせちゃってごめんな」
大きな大きな罪悪感と、罪を告白したことへの清々しさ。
「あとな、言いそびれたけど、遠い場所に行くっていうマリヤの我が儘は阻止して、家から近い個々の病院に転院したんだけど、治験薬が効いたおかげでもうすぐ病気が完全に治りそうなんだ」
「……わざとだろ」
「へ?」
「僕に殴らせるためにわざとそれを言わなかっただろ!」
「……んー?」
ナンノコト……?




