関係ない人
智夏の担任、ヨシムーこと吉村旭視点です。
お休みをいただいてしまってすみません!そしてありがとうございました!締切にも無事に間に合いました!今日から隔日で投稿再開します!
高校3年生の担任っつーのは忙しい。生徒たち一人ひとりにきちんと目を向けて、個別に対応する。今の時期は推薦受験をする生徒たちの面接練習をして。放課後には授業の準備をして、終わらない分は家に持ち帰ったりして。こんな仕事やめてやるって思うたびに、生徒からの何気ない言葉に舞い上がったり元気づけられたりするんだよな。
今日は日曜だから一週間ぶりに目覚まし時計をセットせずに寝て、昼すぎに起きて、顔を洗って髭を剃って、外で飯を食おうかと思ったとき。電話が掛かってきた。
まさか、休日の呼び出しか?ドラマでよくある生徒が警察のお世話になって教師が呼び出されるアレか?と思って戦々恐々とスマホを見ると、相手は香苗だった。
この歳で好きな相手から電話が掛かってきてドキッとするほどピュアさはないが、今日の予定は何も無いからいつでも会えるなと脳内でスケジュールを確認するほどには期待する。
通話ボタンを押し、スマホを耳にあてる。
「あさひ君、いまから来てくれる?」
……この声は香苗ではないな。
「えっと、その声は冬瑚ちゃんか?」
「そうだよ」
香苗が預かっている3人兄弟の末っ子の女の子。俺の生徒の妹。何回か香苗達と一緒に遊んだことがあるので顔はすぐに思い出せる。
どうやらその子が香苗のスマホで俺に電話を掛けてきたようだ。できるだけ怖がらせないように、優しく問いかける。
「香苗はどうしたんだ?」
「あのね、」
―――香苗ちゃんが泣いてるの。
あいつが泣くなんてよっぽどのことがあったのだろう。
冬瑚ちゃんにその後、病院に来て欲しいと言われて香苗に何かあったのかと肝が冷えたのだがどうやら違うらしいのはわかった。
急いで言われた病院に行くと、受付に金色の髪の小さな女の子の後ろ姿が見えた。
「冬瑚ちゃん」
「あさひ君」
周りには香苗も、妹大好きな兄たちの姿も見えない。それに、振り返った冬瑚ちゃんの目は泣いた後のように真っ赤だった。
「冬瑚たちだけじゃダメだと思って、それで一番にあさひ君だって思ってね」
俺の顔を見てまた泣きそうになる冬瑚ちゃんの頭をとりあえず撫でて落ち着かせる。
「こっち」
撫でた手を小さな手が掴み、通路の先を指さした。
ガララ、と病室の扉を先導する冬瑚ちゃんが開けて、躊躇なく入る。誰の病室なのかもわからないが、引っ張られるがまま俺ももれなく入った。
病室は個室で、全体がすぐに見渡せた。室内にいた全員が乱入者を見る。
冬瑚ちゃんと同じく目が真っ赤な香苗と、口の端が切れて血が出ている御子柴(智夏の方な)と、すんごいキレてる秋人君と、ベッドの上の知らない金髪美人。……これはどこから見ても間違いなくとんでもない修羅場だな。
「先生どうしてここに……って聞くまでもないですね。休日にわざわざすみません」
場違いなくらいのほほんとした声で御子柴が冬瑚ちゃんに連れられた俺に声をかけた。
「いや、謝らなくて大丈夫だ」
なんとなく、俺をここに呼んだ冬瑚ちゃんの意図がわかった。
「関係ない人は帰れよ」
「秋兄!」
秋人君は怒りマックスだな。この前会ったときは仲良し兄弟だったのに、この状況から察するに御子柴は秋人君に殴られたのか。
御子柴がうちの高校に転入してくる前に、何があったのか聞いた。その境遇上、この兄弟は特に暴力を嫌っている。そんな秋人君が兄を殴ったんだ。
「秋人君」
「ンだよ」
怒られるのかと思ってキッと睨みつけてくる秋人君に近づく。何かを察した冬瑚ちゃんが俺の腕を離した。本当に聡い子だ。
秋人君も、強かで優しい、ただの中学生だ。
ぽん、と頭に手を置いた。
「よくやった」
暴力を嫌う子が大好きな兄を殴ったんだ。きっとこの後、自分を責めて嫌悪してしまう。だから、俺くらいは、この優しい子を肯定してやりたい。
「~っ、あーくそっ!」
必死に歯を食いしばりながら、秋人君は涙を流した。
「秋人、殴らせちゃってごめんな」
御子柴が涙を流す弟に謝った。その顔は殴られたにしては、罪悪感を抱えていて、どこか清々しそうな表情だった。




