今度はその手を
マリヤに加担する条件として俺が出したのは2つ。まずひとつ。
「治療をちゃんと受けること。たまに逃げてるって先生からちゃんと聞いてるから」
「……だって辛いんだもの」
治療方法は先生から聞いている。同じ病気を患った人の闘病記を読んだり、書籍で調べたりして少しは辛さを理解したつもりだ。
たしかに治療の副作用は辛いだろう。でも、マリヤの言う「辛い」はそっちじゃない。
生きることが辛いんだ。秋人たちと関係を修復しつつあっても、どうしようもないほどに本人の中にある破滅願望。マリヤにとっては、死ぬことより生きることの方が難しいのだろう。
でも。
「生きる覚悟を決めてくれ。死ぬ覚悟じゃなくて」
「死ぬ覚悟なんて、」
「決めてただろ」
決めてない、なんて言わせない。途中でバッサリと切り捨てた。
遠くでひっそりと死にたいなんて、ただの死にたがりの発言だろうが。
「自分のためじゃなくて、秋人と冬瑚のために。……2人にはまだ、母が必要だよ」
マリヤは何も言わない。ただ黙って、俺の言葉を聞いていた。言外に、俺には必要ないとも聞こえるその言葉。
これがマリヤが俺を共犯にする理由。
「もうひとつの条件は?」
「遠くじゃなくて、家から近い病院に入院すること」
マリヤが俺の顔を見ている気配を感じる。が、この条件を下げる気はない。
「近くの病院でも入院しているのを知らなかったら、遠くにいるのと変わらないだろ」
秋人たちに「母は遠くにいる」と言うのならなおのこと、まさか近くにいるとは思わないだろう。
「……わかった」
「それで最後に、」
「ちょちょちょ、ちょっと待って。条件は2つって言わなかったかしら?」
「最後のは条件じゃなくて提案だから」
もう、母に置いてかれて絶望するだけの子どもはいない。
また置いていくと言うのなら、今度はその手を掴むまで。
「もし病気が治ったら、秋人たちに本当のことを言おう」
「……わかったわ」
治るわけがないと高を括っているのだろうが、現代医学の進歩を舐めてはいけない。
「そのときは俺も一緒に怒られるから」
「それは頼もしいわね」
「共犯なんだから、それくらいはしないと。なんせ共犯者が不甲斐ないから」
「それは私のセリフでしょ。うっかり秋人たちにバラさないでね」
のどかな中庭に、2人分の笑い声が重なった。
それからすぐに病院を転院する話はまとまり、先進的な治療を受けることができて、なおかつ家の近くにある病院にマリヤは入院した。
「え!?お母さん実家に帰っちゃったの!?」
実家、つまり海外に帰ってしまったと家族に伝えた。
みんな驚いてはいたが、悲しみはない。
「そっかぁ。じゃあ次はいつ会えるかな~」
実家の方で療養をする(精神的な)という嘘は、なかなかに都合が良かった。
「随分と急な話だよな」
「そうね。もうすでに日本にはいないなんて」
「あっちに行っちゃう前にもっかい会いたかったー」
罪悪感と、後ろめたさ。それに、後悔。
もし万が一、マリヤがこのまま亡くなってしまったら。俺はずっと、これを1人で抱えて生きていく。
いますぐに話してしまって楽になりたい。でも、共犯になると決めた以上、話すわけにはいかない。
「兄貴はなんか聞いてたのか?」
黙ったまま会話に入ってこない兄を訝しみ、秋人が質問を投げてきた。
「聞いてない。けど、元からそういう人だったろ」
「たしかに」
「そういうところ、夏君とそっくりだよね」
なにかいま、とても心外なことを言われた気がする。
「そういうところって?」
「私たちに何も言わないところ」
「ほんっとにそれ」
「うんうん。そっくり!」
「本当は近くにいたりしてね」
「はは。それはないんじゃないかな……」
「冗談よ」
もうこれバレてるんじゃないかと思うくらいに鋭い香苗ちゃんに、冷や汗が止まらない。
病院からの連絡を受けたのはそれから6日後のことだった。




