番外編 ダメな大人だけど
秋人視点のお話です。
兄の彼女と、その親友と、僕と。
3人だけの不思議な空間。
この3人で集まるのは、2回目。
「いや~、綺麗になるもんだねぇ」
ピカピカになったフローリングに、ゆったりと座れるソファー、整頓されたデスク。
台所の換気扇の下でタバコを片手に笑っている女性の名は矢代美奈子。兄の彼女である彩歌さんの親友。それで僕の……依頼主。
「はい、報酬」
「……ん」
報酬って言ってもお金じゃなくて、矢代さんの実家の農家から送られてきた段ボールいっぱいの野菜だ。どれも大きくて重くておいしそうだ。
「部屋が綺麗になったし、野菜を処理できたし、一石二鳥だな」
「少しは自分で掃除しようとか思わないんだ」
「思わないから汚部屋が生まれるんだよ」
矢代さんが部屋の掃除をしてくれたらお礼に野菜を大量にくれると彩歌さんから連絡があり、特にやることもなかったので2つ返事でここに来た。
「こればっかりは昔から治らないんスよね~。てか秋人クンの前でタバコ吸わないの」
ゴミ出しを終えた彩歌さんが手を洗いながら、どこか諦めたように笑った。
電気ケトルがカチッと音を立てたので、掃除中に発掘した急須セットに、野菜と一緒に矢代さんの実家から送られてきた茶葉を入れてお湯を注いでいく。
「あ~、中学生の前でタバコはまずかったな。これ、タバコじゃなくてペロペロキャンディだから許して」
綺麗にしたばかりの灰皿に、新たにタバコの吸い殻が乗った。
酒にタバコに汚部屋に。典型的なダメな大人だ。
「矢代さんって働いてるの?」
「働いていなかったら、1人暮らしでタバコとお酒に溺れることなんてできないよ」
たしかに。部屋も結構いい場所だし、お金には困ってなさそうに見える。
「……パチンコとか?」
「それ職業じゃないっス」
酒、タバコときたら次はパチンコかと。
「パチンコはうるさいから嫌い」
「じゃあ何して働いてんの?」
ますます謎めいてきた。
スーツを着て働いているイメージは無いし。うーん……。
「写真家だよ」
「しゃしんか……」
写真家って、写真を撮ってる人だよな。それ以外に写真家についてはなにも知らん。
「見た方が早いよ!ほらこれ、みーちゃんが撮った写真っス!」
「見てもいいの?」
一応、矢代さん本人に確認を取る。
「見たいならどーぞ」
見たいか見たくないかで言えば、ものすごく見たい。だって今まで矢代さんのダメな部分しか見ていないから、ちゃんとした部分に俄然興味がある。
「わ……」
満面の笑みを浮かべたしわくちゃのおばあちゃんが、写真集の1ページ目だった。次のページは農作業で日に焼けたおじいちゃんの写真。ぺらぺらと捲っていくと、どれも個人の写真や、幼い子供を抱いた写真。
写真家って、アートな写真を撮るような人たちのことを思っていたけど、それだけじゃないんだなぁ。それにしても、この写真はいったいなんだろう。
「それは遺影だよ」
「え」
「生前の遺影専門の写真家?みたいなことをしてる」
これが、遺影……。みんな楽しそうだったり、幸せそうな表情だ。作ったものじゃなくて、心の底からの自然な笑顔。
「良い、仕事ですね」
「そう思える君は良い大人になれるよ」
「僕もそう思います」
「ふふっ」
お茶を3人分注いで、お菓子をつまみながら話す。
声優と、写真家と、中学生。
「僕らって、どういう関係なんだろ?」
友達、とは少し違うような気がする。
「名前の無い関係でいいんじゃないかな」
「お、それカッコいいっス」
「でしょ?」
学校でも家庭でもない場所に、居場所がある。それはなんだか不思議な感覚だけど、なぜだかとても安心する。
「ちなみに副業で派遣社員としても働いている」
「まじすか」
「写真だけで食べていけるほどの実力はないからね」
「みーちゃんは資格をたくさん持っててね~、どこでも即戦力なんだけど、絶対契約延長はしないんス」
「なんで」
「人生1回きりだから、たくさんのことをしてみたい」
僕にはない価値観だ。
遺影専門の写真家っていう特殊な職業ゆえか、それとも生まれ持った価値観なのか。
お酒、タバコ、汚部屋のダメダメな大人だけど、人を惹きつける魅力がある、ような気がする。
「コラ!本は本棚にちゃんと戻せ!」
「えぇ~」
ダメな大人だけど。
~執筆中BGM紹介~
るろうに剣心 最終章 The Beginningより「Broken Heart of Gold」歌手:ONE OK ROCK様 作詞・作曲:Taka様 / Toru様 / Nick Long様 / Dan Lancaster様 / Masato Hayakawa様




