やめないでほしい
告白されていたことに気付かず、笑顔でさよならを告げてしまった。若干の罪悪感と大きな満足感をもって、再びプライベートジェットに乗り込み、中国に別れを告げた。
「宝城さんは普段はプライベートジェットを使わないんですよね?」
たしか、ほぼ無一文でバックハッカーのようなことをしながら世界を旅しているとか言っていたような。
「あぁ。私が個人でプライベートジェットを使おうものなら許可は下りないからね」
「ご両親には働けって言われてるんでしたっけ?」
「……え。宝城さんってお仕事は、」
俺たちの会話を横で聞いていた鈴木が驚きに目を見開く。まるで聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような。
「無職さ。ハハッ」
笑い事じゃないですよ。
「それじゃあ海外に行くお金とかってどうしているんですか?」
「か・ら・だで稼ぐのさ」
シートから身を乗り出して、宝城さんが鈴木に迫る。宝城さんの本日のコーディネートは浴衣。しかも男物だ。似合っているかいないかで言えば、ものすごく似合っている。そして俺たちも例に漏れず、浴衣。こっちももちろん男物。
男物の浴衣を着崩しているものだから、上半身の豊満な双丘の谷間が見えちゃっているのだ。
そんなポーズで、怪しげなセリフを吐くのだ。世の中の高校3年生男子だったら鼻血ものであるが、俺には全く効かない。というか、宝城さんに色気を感じない。
「ベルはこんなにも頬を赤らめてくれるというのに、サニーボーイは眉一つ動かさないねぇ」
「御子柴お前、それでも男か……!?」
そこまで言うか。
人のことを揶揄って楽しそうな宝城さんと、宇宙人に遭遇したかのような表情を浮かべる鈴木。
俺も立派に男だ。いまだって、彩歌さんが浴衣を着たら最高に可愛いだろうなーって考えるくらいには。
「宝城さんは女性に見えないんで」
「ククッ。レディーに対して失礼だねぇ」
「な!?目ん玉ちゃんとついてんのか!?」
「俺の中で宝城さんは珍じゅ、……変人枠なんで」
あぶね。うっかり珍獣枠って本音を言いそうになっちまった。
「いま珍獣枠って言おうとしなかったかい?」
「ソンナワケ」
「変人枠でも十分ひどいですけどね。でも、御子柴の言いたいこともわかるっちゃわかる」
たったの一日で、鈴木も宝城さんが普通ではないことには気づいていたみたいだ。他人に変なあだ名は付けるし、服装はいつもおかしいし、言動も隣を歩きたくなくなるくらいには変だ。でも。
「ヴァイオリンだけはうまいんだよなー」
「宝城さん、ヴァイオリン弾けるんですか?」
「私と言えばヴァイオリン。ヴァイオリンと言えば私だからね」
なに訳の分からないことを。
ちんぷんかんぷんな鈴木に補足を入れる。
「海外でストリート演奏をしながらお金を稼いでいるんだよ」
「……なる!身体で稼ぐってそゆことか!」
「ネタバラシが早くないかい?」
「そういえば、1人じゃプライベートジェットを使う許可が下りないって言ってましたけど、どうして俺たちと一緒ならいいんですか?」
海外に行くことを止めるためなら、俺たちが一緒でも関係ないはず。他に理由があるのか?
「君から曲をもらっただろう?それを両親の前で演奏したら、いたく気に入ったらしくてね。「曲を作った子を招待しよう」とか「男の子!?なら婿に迎えよう!」とか言うくらいに。もちろん断っておいたがね」
「心からありがとうございます」
招待も嫌だけど、婿はもう論外。
「君との親交を深めるという意味でも、OKをもらったのさ」
「も?」
含みのある言い方に、引っかかった。
「一番は、恩返しさ。君から貰った曲は、私と家族を繋ぎとめてくれた。勝手に決めていた限界をぶち破ってくれた。自信が慢心だったことに気付かせてくれた。なにより、ヴァイオリンの楽しさを思い出させてくれた。改めて言わせてくれ」
サニーボーイと呼ぶ声音よりも、幾分か低い、真剣みを帯びた声。
「素敵な曲をくれてありがとう、御子柴智夏」
いいえ。お礼を言うのは俺の方なんです。
「俺は曲を作っただけで。その曲にどういう意味を持たせるのかは曲を弾く人次第です。宝城さんが素敵な曲にしてくれたんですよ」
「君は謙虚だねぇ。……それでも私は、君と君が作った曲に救われた、そう思っているよ。だから、これは個人的な思いを押し付けるだけだけど、これからも曲を作り続けて欲しい。やめないでほしい」
やめないでほしい、って言われたのは初めてかもしれない。みんな優しいから俺の好きにしていいって言ってくれる。だから悩んで悩んで、ついには空の上まで来てしまった。
望んでくれる人がいる、それだけでこれからも頑張ろうって気になれる。そんな単純なことに、いまさら気づいた。
難しく考えすぎてたのかな。
「人生は案外なるようになるものさ」
~執筆中BGM紹介~
平穏世代の韋駄天達より「聖者の行進」歌手・作詞・作曲:キタニタツヤ様




