月が綺麗ですね
「你要多吃一点!」
「え、あの、そんなに食べれな、あ」
プライベートジェットから降りて、腹ごしらえに宝城さんおススメの中国の大衆食堂に来たのだが、店主?のおばちゃんがとにかくいっぱい食べ物をくれた。
次々とテーブルの上に増えていく注文した覚えのない食べ物。食べた瞬間に盛られていく中国の家庭料理。
中国語はわからないが、多分「もっと食べなさい!」みたいなことを言っているのだろう。日本でもよく「お兄ちゃん細っこいねぇ。もっと食べて食べて!」と注文した以上に料理が増えたり、ライス(小)がライス(特盛)になったり。
宝城さんが中国語を少し話せるとは聞いていたが、鈴木も話せることには驚いた。
「「谢谢」」
「シェ、谢谢」
2人の流暢な中国語を真似て、お礼を言う。発音がうまくなるには真似することが大切だ。
無心で大盛りのご飯を食べて、食べて、食べ続けて。
「もう限界です……」
うぷ。
下向いたら出る……。
「え!御子柴これだけでいいん?じゃあ俺がこれ食う!」
「谢谢」
凄い勢いで皿を綺麗にしていく鈴木。特技、勉強の他に大食いって書いたらどうだろうか。
「この年頃の子はよく食べるねぇ」
「いや、俺はもう限界なんですけど」
「限界と国境は越えるためにあるんだよ」
「なんかいい感じに言ってますけど、国境は無断で超えたらダメですからね」
「モノの例えさ。多分」
「多分て」
宝城さんがそーっと俺の方へキムチが入った皿を滑らせてきたが、俺ももう食べれない。ぎぎぎ、と指先で押し返していると、向かい側から手が伸びてきて鈴木が食べてくれた。イケメンとはこういう人間のことを言うに違いない。
すべての皿が空っぽになって、3人でお店を出る。
「いや~、安くて大盛りでうまいって最高の店でしたね!宝城さん!」
「だろ?ベルは(犬みたいで)本当にかわいいねぇ」
「あはは」
気のせいだろうか。宝城さんが「犬みたいで」って言ったような気がしたんだが。ま、鈴木は嬉しそうだしいっか。知らなくていいことの方が世の中多いもんな。うん。
「じゃあ刺激を受けに行こうか、若者諸君!」
「「サー、イエッサー!」」
そうして連れられたのは中国で一番大きな音楽大学だった。中国全土からいろんなルーツを持った学生たちが音楽を学びに集っており、中国語以外の言語も盛んに飛び交っていた。が、何よりも一番大きく響いていたのが、多種多様な楽器の音色だ。
宝城さんが知り合いを見つけたらしく、そちらに駆け寄っていくと、たちまち学生たちに囲まれた。
「好久不见!」
「真的好久不见,你好吗?」
「我们去吃饭吧!」
「嗯,当然! 好期待!」
高速で会話が繰り広げられていて、何を言っているのかさっぱりだが、再会を喜び合っているのはわかった。
中国語で会話が進んでいき、突然俺たちの方を一斉に取り囲んでいた学生たちが見た。驚きと好奇心が混ざった瞳で見つめられているが、なんだろう。宝城さんは俺たちを何と言って紹介したんだろう。
「鈴木、なんでみんなはこっちを見てるんだ?」
「この子たちは私の夫だよ、と宝城さんが俺たちを紹介して、皆が驚いてこっちを見ている」
「なるほど。この場の全員の記憶を消す方法はないだろうか」
それかタイムマシンで過去に戻って宝城さんのよく回る口を塞ごう。
「記憶を消すより誤解を解いた方が早いと思う」
「鈴木は誤解を解けるほどの語彙力を持ってる?」
「残念ながらそこまでの中国語は話せないなぁ」
「じゃあ記憶を消すしかないな」
「……そうかも」
鈴木も存外チョロいな。
俺たち2人が不穏な会話を繰り広げていることに焦った宝城さんが多分、中国語で「今のは冗談だよ!」みたいなことを言っている、気がする。周りの反応が「な~んだ」って感じだし。おそらく。
ようやく挨拶が落ち着き、あれよあれよと大学構内に案内され、見覚えのある楽器や見たことのない楽器を見せてくれて、演奏させてくれもした。俺たちが年下だと紹介されてから、なおのこと優しくしてくれた気がする。特にお姉様たちが。
カタコトの日本語で「カワイイ」と連呼され続けたのは居心地が悪かったが、それよりも楽器を触って、初対面の人たちと一緒に演奏をしたことが楽しかった。それになにより、新しい曲のインスピレーションが湯水のように溢れてきて、充実した1日を過ごせた。
「そういえば、帰り際に特に親切にしてくれたお姉さんから「ウォーアイニー」って言われたけど、なんて言ってたんだろう?」
「御子柴はどこに行ってもモテるなぁ」
「え?」
「ウォーアイニーって、月が綺麗ですねって意味だよ」
「月が……」
それってあれだよな。漱石さんがI love youを日本語に訳したときの……。
~執筆中BGM紹介~
チェンソーマンより「錠剤」作詞・作曲・編曲:TOOBOE様




