中華料理
前半は秋人視点、後半は智夏視点です。
『拝啓
香苗ちゃん様、秋人様、冬瑚様
3人ともお元気でしょうか。ちゃんとご飯を食べて、夜更かしせずに寝ているでしょうか。
最近は朝晩と冷え込んできて、体調を崩していないかと心配です。
俺は今、中国のとある音楽大学にやってきています。』
「中国〜!?」
兄貴から突然、「ちょっと泊まりで見学に行ってきます」と連絡があった翌日に来た連絡がこれである。
誰が「ちょっと行ってくる」という言葉から中国に行くと連想できるだろうか。少なくとも僕は日本国内だと思ってた。
「あははは!」
「パンダだ!」
香苗ちゃんが兄貴がいま中国にいることを知って爆笑し、冬瑚が最近ハマっているパンダがいる国だと気づいてはしゃいだ。
「いや〜、夏くんはいつも私たちを驚かせてくれるねぇ」
「そうだな。けど、ちょっとおかしいと思わない?」
中国にいると聞いてからずっと感じていた違和感。
「いくらなんでも事前の計画なしに海外まで行くのは兄貴らしくない」
「やっぱり秋くんもそう思う?」
笑いが収まった香苗ちゃんも、僕と同じ考えだったらしい。
笑いすぎて目尻に光るものを指先で掬いながら、分析を始めた。
「大抵こういうときは何かに巻き込まれたときか、無理やり連れていかれた可能性が高いわよね〜」
これがもし冬瑚だったら、満場一致で「「「誘拐だ!」」」という結論に至る。
けれど兄貴の場合だと、「いつか帰ってくるだろ」と、平和的な結論に至る。
これまでの兄貴の行動遍歴から、ある種の信頼というか、慣れが僕たち家族に生じている。さすがに今回の中国には驚いたが。
「あ、夏兄から続きがきたよ!」
香苗ちゃんと話している間に、兄貴からの続報が届いた。
『そこではピアノやヴァイオリンの他に、古箏や楊琴などの伝統的な楽器を専攻している学生もいます』
古箏?楊琴?なんて読むんだ、この楽器は。
写真が一緒にポポン、と送られてきたのでそれを見るが、どちらも知らない楽器だった。香苗ちゃんが兄貴の言っている楽器を調べると、読み方が判明した。
「古箏に楊琴だって。秋くん知ってた?」
「知らない」
回鍋肉とか、油淋鶏とか中華料理なら問題なく読めるんだけどな。
『中国語は話せないけれど、音楽を通じてたくさんの学生さん達と交流し、たくさんの刺激を受けました』
またまた写真が送られてきた。今度は兄貴が写真の中に映っている。
知らない楽器を弾いている兄貴と、兄貴を囲むようにして色んな楽器を持った学生たちが集まっている。
前髪を切ったおかげで、写真越しでも楽しそうに笑っているのがはっきりとわかった。
音楽のことはよくわからない。僕にはその才能はからっきし無かったから。触れることすら許されなかった。正直、苦手意識はある。
でも、兄貴も冬瑚も楽しそうだから。
だから音楽は素晴らしいものなんだって信じられる。
『明日はヨーロッパに行ってきます』
……え。
――――――――――――――――――
鈴木に、進路はどうするのか聞かれて。
作曲家やバンドや、勉強。そのどれか一つを選び、どれかを切り捨てるという未来は想像がつかなくて。
そんなタイミングで、ちょうどとある人物から連絡が来たのだ。
「世界を見てみないか?サニーボーイ」
それを隣にいた鈴木に聞かれて、なぜか「俺も行く!」と。
どこに行くのかも何をするのかも、そもそも電話の主が誰からかも鈴木はわからないのに。
そして何より、俺が行くとは言って……。
「行くよな!」
「行くだろう?」
「……………はぃ」
そしてそのまま中国へ……。




