ネガティブ退散
新章開幕開幕~
「終わっちまったな~、学校祭」
あーあ、と物悲しそうに嘆く鈴木だが、右手に持った黒板消しの動きは止めない。
「最後の学校祭だってのに、御子柴は体育祭ボロボロだったもんな」
「思い出させないでくれ……」
桜宮高校には日直、というものがあり、毎日クラスメイト2人が黒板消しなどの雑務を交代で請け負うのだ。
神の采配とでも言わんばかりに、今日の日直は俺と鈴木の2人。
放課後。鈴木が黒板を消し終わり、クラス全員分の数学のノートを職員室まで2人で分けて運ぶ。
これは、アレを聞くチャンスでは……!
「鈴、」
「御子柴」
言葉を遮るように鈴木が俺を呼んだ。
言おうとしていた言葉は引っ込み、鈴木の言葉を静かに待つ。周囲には、グラウンドや体育館から聞こえてくる運動部の掛け声、シューズが鳴る音、合唱部のハーモニー、吹奏楽部の各自練習しているバラバラな音色のすべてが混ざり合って、青春の音を奏でている。
「進路って考えてるか?」
「……へ?」
「だから、進路だよ。し・ん・ろ」
てっきりカンナとどうなったのかを報告されるのかと思いきや、進路の話だった。予想外過ぎて魔武家な声で聞き返してしまった。
どういう風の吹き回しで鈴木が聞いてきたのかはわからないが、いつものおちゃらけた様子はどこにもなかったので、こちらも真剣に答えなければいけないだろう。
「ばっちり決まってる……って言いたいけど、正直決めきれてない」
「そか。てーことは、しばちゃんの進路にはいろんな選択肢があるってことだな。そうだよな。御子柴は頭いいし、作曲家とか、バンドとか選択肢はいっぱいあっていいよな」
それはまるで、自分には選択肢が無いような言い方だ。
「鈴木にもたくさん選択肢があるだろ」
「残念ながらないんだな~、それが」
真剣だった雰囲気から、おちゃらけた様子に戻る。けどそれは、いつもの調子を取り戻したからではなくて、ふざけた口調じゃないと平静を装えないからだろう。いまだって無理して笑ってる。
それくらい、わかる。
「俺には勉強しかない。それしかないんだ」
勉強ができるならいいじゃないか、と頭の片隅で思ったが、本人的にはそれじゃダメらしい。
「御子柴みたいに、恵まれた人生を送ってみたかった」
恵まれた人生、か。
たしかに、香苗ちゃんに出会ってからの俺の人生は恵まれている。けれど、それだけじゃない。
「……ネガティブ退散ッ!!」
ノートを持っているため手は出せないので、代わりに鈴木の頭に頭突きをお見舞いする。
「~ってぇな!!なにすんだよ!?」
「鈴木の中のネガティブを追っ払ったんだよ」
「はぁ?」
「他人を羨んでも、なんにもならない。そんなの、自分を卑下する材料になるだけだ」
他人を羨んで、自分と比べて、嘆いてへこんで諦める。そういうの、散々味わってきた身としては、友達に同じ思いをしてほしくないって思う。
「勉強なんか、じゃない。勉強ができるって、すごいんだよ。もっと自信持てよ、鈴木。それに勉強だけがお前の取り柄じゃない。場の空気を読む力や、他人の感情の機微に聡いこと、なにより人を笑わせる話術は俺にはない、鈴木のすごいところだ」
俺がピアノを弾けたり作曲ができたりするのと同じように。
自分の長所は自分では見えにくいものだ。
「だから、カンナとどうなったのか教えてくれ」
「え、おかしくね?いまそういう流れだったっけ?俺たちの友情を確かめ合う感動の時間が流れる場面じゃなかったんだ?」
いやだって、このままだと当分教えてもらえそうになかったから。
「つい」
「ついってなんだよ。……、、ったよ」
「ん?」
「だぁから、付き合ったよ!」
「おめでとう」
「……いざ付き合うってなったら、俺なんかがカンナと釣り合うのかなーって、考えちまってさ」
その結果が、御子柴みたいになりたかった発言か。極端だな。
職員室にノートを届け、教室まで戻る。その帰り道。
「変なこと言った。ごめん」
「いいよ」
「俺、進路のこと、もうちょっと考えてみる」
鈴木の顔に覇気が戻ってきた。よかったよかった。
「そういえば、さっき鈴木が言ってた作曲家かバンドかって話だけど――」




