高校生
高校生活最後の学校祭。その晴れ舞台である3年生の劇。それがグダグダで終わってしまったというのに、3年A組の全員が晴れやかな顔をしていた。
次のクラスの劇があるので、俺たちは無言でステージの上からセットを移動させ、そのまま教室へと向かった。
教室の隅に大道具や小道具を置いて、周囲を見渡す。誰も何も言わずに、俺を見ていた。きっと俺が今から言わんとしていることがわかっているのだろう。
「いつから、計画してたんだ?」
エレナの突然のアドリブを止める人間も、それに戸惑う人間も俺が見た限りいなかった。エレナの切り込むスピードが速すぎて驚いている場面はあったが、それはスピードに驚いていたのであって、アドリブそのものに驚いた様子はなかった。
生徒たちは体育館で次のクラスの劇を見ていて、周りの教室には誰もいない。日の光が差し込む静かな教室に、俺の問いかけが落ちた。
俺の質問を拾ったのは、劇の台本を書いてくれた松田さんだった。
「けっこう前だけど、御子柴君とB組の愛羽さんが付き合ってるだとか、告白しただとかって噂が流れたよね?あのとき、悔しかったんだよね」
「そうそう。どれだけ否定しても、噂は誇張されて広がってくし」
「ネットでは面白おかしく書かれてた」
松田さんに追随するように他の女子たちが「悔しかった」と、「見ていることしかできなかった」と口々に言う。
「あのときは噂もすぐに収まったけど、今回は違う。ものすごいスピードで噂が、悪意が広がっていった」
太陽に雲がかかり、教室内はほの暗い。
あのときは『ツキクラ』の劇場版公開を控えていて注目を浴びていたタイミングでの週刊誌の発売だった。空腹の獣がエサに喰いつくかの如く、人々は煽り、罵り、嘲った。
それを思い出して、いまさら手が震えだした。
「御子柴君は普通に登校してくるし、涼しい顔をしてたから気にしてないのかなって思ったときもあったけど。「しばちゃんは気にしてないんじゃない。気にしてないフリをするのがうまいだけの面倒なヤツなんだ」って。それを言われて「そうだよね」って思ったの。傷つかない人間なんて誰もいないよね。御子柴君は私たちとは違うから大丈夫なんだって、勝手に思ってた。御子柴君もわたしたちと同じ高校生なのにね」
震える手を背中に隠そうとして、エレナに止められた。氷のように冷え切った手を、エレナの体温が徐々に溶かしていき、松田さんの言葉が、震える身体を温めてくれる。
「だからね、今度こそ立ち上がろうって思ったの!」
暗い雰囲気から一転。
隠れていた太陽が顔を出した。
「誰から言い出したんだっけ?」
「井村じゃなかった?」
「そうだっけ?同時多発的に同じ意見が出たんじゃなかったか?」
「テロみたいに言うな」
「ある意味テロみたいな劇になったけどね」
「言えてる」
わちゃわちゃと、いつもの日常に戻る。
「要するにしばちゃんがいない隙に、みんなで企んでたってわけよ」
「企むって、言い方悪くね?」
「でも正解だよね」
「誰か私のアドリブを褒めて!」
「エレナちゃんすごかったよ!」
「女優レベルの演技だった!」
「ヨッ!大女優エレナ!」
「えへへへっへっへっ」
「途中から犬みたいになってたぞ」
「失礼つかまつる!」
「つかまつってどうする」
笑い声が、誰もいない校舎に響く。時間を忘れてたくさん笑って、話して、また笑って。ヨシムーが「早く体育館に戻れ!」って叱りに来るまで、皆で笑い合った。
この日のことは、10年経っても20年経っても、おじいちゃんになってもはっきりと覚えている。
全員がおじいちゃん、おばあちゃんになっても、事あるごとに3年A組のメンバーは集まった。こういうのを一生の友情だと言うのだと、決まって誰かが言って。そのたびに恥ずかしいことを言うなと誰かがツッコんで。
1人の友を守るために、全員が立ち上がった。それのなんと青く、尊いものか。




