劇が終わった
ステージ上で突如繰り広げられた凄まじい殺陣や息つく間もないストーリー展開に、観客の目も心も釘付けになっていたところに、出番からずっとフードの下に隠れていた魔王の顔が露わになった。
前髪は目に少しかかる程度。後ろ髪ももう結べないくらいさっぱり短くなって、耳や首筋が見える。
――誰?
薄い唇は少し驚いたように開いていて、鼻は日本人に比べて少し高い。
――誰だ。
大きく見開かれた瞳は、澄み渡った空を切り取ったような青。
――いったい誰!?
こんなに目立つ容貌の生徒が今までどこにいたんだと、生徒たちや教師までもがざわついている。
そして徐々に思い出す。魔法使いはピアニカを吹いていて、顔は見えなかったけど3年A組のピアノといえば、あの作曲家の子だと。同じ高校生なのに作曲家をしていて、三大美女や五大美人と仲が良くて、いろんな噂で世間を騒がせて、昨日はバンド演奏で学校祭を体育館が揺れるほど盛り上げて、ずっとマスクや眼鏡で顔を隠していた人物。
魔法使いは魔王だった。なら、いまステージの上に立っている魔王は、――御子柴智夏だ。
観客が答えに辿り着いたとき、魔王が口を開いた。
――――――――――――――――――――――
「”自分の気持ちも、”顔も、”名前すらも隠しやがって!”」
「ぜんぶ見せろコラー!!!」
言われた時に気付くべきだった。エレナは最初からこうするつもりでアドリブを入れていたのだと。
台本では、俺は最初から最後まで顔を晒す予定はなかった。ずっとフードを被ったまま、退場する予定だったのに。
エレナの独断か、それとも複数人が関わっているのかはわからない。
……後で覚えとけよ。
驚きも、怒りも一旦置いておこう。
今は劇の本番。どうにかして劇のストーリーを本筋に戻さなければならない。
「”自分の気持ちを隠したことはない。俺はいつだって自分に正直だ。”顔は知らん。”名前は聞かないヤツが悪い”」
色々とセリフを端折ったり、アドリブを入れたりしながらなんとか本筋に戻そうと頑張る。頼むからこれ以上アドリブを入れてくれるなよ、エレナ!
「私は怒っている!」
アドリブ入れんなって!しかも「私」って言っちゃってるぞ!
「根拠のない噂を流す奴らも!フェイクニュースを信じる奴らも!それを楽しそうに煽る奴らも!お前は殺していないのに!」
エレナが怒っているのは、きっと週刊誌に俺が『父を殺した殺人鬼か』と書かれたことについてだ。劇と全く関係ないことを言うんじゃない。誰か止めないのか、とクラスメイト達を見るが誰も止めないどころか、うんうんと頷いている始末。
「”お前に人を傷つけるなんてできない!”私は、私たちは知ってる!お前はずっと傷つけられて、耐えてきた」
週刊誌で書かれて以来、ネットではあることないこと書かれたい放題らしい。それは学校でも同じこと。「あの人が例の?」「え~、怖い」「なんで普通に学校に来てんだ?」って。今でも言われる。その言葉は、俺と一緒にいるクラスメイト達にも当然聞こえていたのだろう。
「”仲間が傷ついているのに黙って見ていられるほど落ちぶれちゃいない”」
「これ以上、私たちの大切な仲間を傷つける人がいるのなら、」
「心無い言葉で傷つけるってんなら、」
「「「俺たち(私たち)が許さない」」」
……なに、言ってんだよ。劇の本番中なのに。せっかく劇の本筋に戻そうとしたのに。
無茶苦茶だな。こんなんじゃもう、優勝なんて狙えない。みんなそれでも良かったのかよ。なんでそんなに満足そうな表情なんだ。俺なんて、ただのクラスメイトだろ。ただの、友達だろ……。
それなのになんで俺、泣いてんだ?
週刊誌が出たときは、冬瑚や秋人を守らなきゃって、ツキクラの映画に迷惑かけちゃダメだって、いろんな守らなきゃいけないものがあった。ライブや学校祭の準備でやることもいっぱいあって、気にする余裕なんてなかった。でも、ライブが終わって学校祭の準備も終わって、隙間ができた。その隙間に言葉がするりするりと入ってきた。穴が開いたみたいに、ビュービューと冷たい風が吹き込んでいたところを、みんなが塞いでくれた。このまま何事もなく学校祭が終わっていたら、俺はダメになっていたかもしれない。
「”お前は一人じゃない。”私たちも一緒に戦う。だから、泣かないで」
エレナの言葉で、ステージ上にいた演者たちも、ステージ脇に控えていた黒子たちも、俺の元へ走ってきたのが、歪む視界の中で見えた。
ステージの上で、みんなが泣いていて、そのまま時間が来てステージの緞帳が下りて、ぐだぐだと劇が終わった。
結果はだめだめ。優勝からは程遠い点数であったが、それを嘆く者は一人もいなかった。誰も彼も、満足そうに笑っていた。




