隠すなー!!!
音楽の大きな可能性をあらためて感じた。こうなると、あれやこれや試してみたくなるアイデアが浮かんでくるが、今は劇の本番中。湧き上がる好奇心を抑えて目の前のことに集中する。
「”勇者たちは強力な魔物を次々と倒していき、ついに魔王の根城まで辿り着いたのです”」
エレナ達は大剣やレイピアなどカッコいい武器を持っているが、俺が持っているのはピアニカ。……1人だけ世界観が違うのだが、生演奏しながらセリフも喋って動こうと思ったらピアニカほど最適なものもない。それに、音が魔法になるってカッコいいだろ?
物語もいよいよ終盤。ついに悪の根源である魔王の元へ辿り着いたわけだが、そこには誰もいなかった。
「”ここが本当に魔王の根城なの?”」
「”誰もいないな。まさか、俺たちが来ることを察して逃げたんじゃないのか?”」
「”ははっ、そうかもしれな、”」
「”いますよ、ここに”」
今までずっと勇者や姫の一歩後ろに下がって、後方支援に徹していた魔法使い(俺)がここで初めて勇者たちの前に出た。
「”僕が魔王です”」
「”……おい、魔法使い。その冗談まったく笑えないぞ”」
今までずっと一緒に旅をしてきた勇者が驚愕の表情を浮かべる。
観客たちも困惑の表情。誰も予想していなかった展開に、皆が俺の動きに注目する。
「”~♪”」
さっきの間の抜けた音楽ではなく、重く重厚感のある絶望的な音。勇者たちを魔法で吹き飛ばし、明確な敵意を見せる。
「”冗談じゃない。俺は君たち人間の、敵だ”」
この言葉を合図に、あちこちから魔物たちが飛び出してきて、勇者たちは囲まれた。
「”……戦いたくない”」
「”あまいな。戦わなければ、大切なものは守れないぞ”」
狙うは勇者……ではなくその隣の姫。
「”なめるなっ!”」
姫は動揺しつつも応戦し、他の仲間たちもそれに続いて応戦していくが、勇者だけが動けないまま。徐々に姫たちは劣勢になっていった。
「”どうした勇者。仲間たちが傷ついているのに、何もしないのか?”」
「”お前も仲間だろ。魔法使い”」
「”まだそんなこと言ってんの?現実を見なさいよ勇者!……きゃっ!”」
姫が魔物に傷を受け、倒れた。そして勇者は……。
「”うぁああああああああ!!”」
雄たけびを上げて鬼人の如き動きで次々と魔物を切り伏せていった。
練習のときより、エレナの動きが速くないか?いま斬られた魔物(鈴木)なんて何が起きたか見えてなかったようだ。
「はぇ?”うわぁ”」
うっかり台本になかった声が漏れてしまっている。
これはヤバい。この調子で俺に突っ込んできたら死んでしまう。冗談抜きで。棺桶にホールインワンだ。
「”~♪”」
ここで魔法を使って、勇者が一度倒れる予定だが……。
「おりゃぁああああ!」
やっぱり倒れないな!?周りが見えてないな、エレナ!
あの大剣って本当に段ボールでできてるんだよな?あれで斬られたら本当に真っ2つになる気がしてならない。
「”なぜ俺を魔物退治の旅に誘ったんだ!答えろ魔法使い!!”」
それは本来、倒れながら悔しさと悲しさを滲ませて言うセリフ。それをこっちに全力で向かいながら叫ぶな!怖すぎだろ!
「”さぁな。ただの気まぐれだ”」
「隠すなー!!!」
へ?
「”自分の気持ちも、”顔も、”名前すらも隠しやがって!”」
待て待て。いろいろとアドリブが挟まれてるんだが。
「ぜんぶ見せろコラー!!!」
台本どこいったあああああああ!?
間一髪、ギリギリのところで大剣を後ろに飛んで避けたが、剣の切っ先が顔を隠していたフードの先に引っかかって後ろに落ちた。
視野が一気に広くなり、周りのセットや観客の顔まで見えた。俺から観客が見えるということは、観客からも俺が見えているということ。
「ま、」
目が合った女子生徒が呆然と口を開いた。
「魔王かっこよすぎかて……」




