愛さずには
最推しが『ツキクラ』のオープニング曲をカバーして歌っておられる。
……神か。
しかもアレンジを入れてくださって、オンリーワンの曲になっとるぅうううううう!
この曲はヒストグラマーが初めて人前で演奏した由緒正しい曲。それを1年後に学校祭でもう一度披露してくれるなんて、もうたまらん……!
「みんな、ありがとー!みんなのヒストグラマーがホームに帰ってきたよー!」
こ、この流れはさっきの!さっきは言えなかった分、ここでリベンジしなきゃいけないっス!
「「「おかえりー!!!」」」
言えた!これで私もようやくヒストグラマーのファンの一員になれた気がする。この一体感というか、アットホームな感じが心地良い。まるで私も高校生になったみた……いではないか。さすがにそこまでおこがましくはなれないっス。
「次の曲に行く前に、私たちのことを知らない人もいると思うから、自己紹介をするね!」
バンドメンバー全員の名前を把握していても、彼らから直接聞くのは初めてだから楽しみだ。
「私はボーカルのひーちゃんです!私のことはひーちゃんって呼んでね!」
「「「ひーちゃーん!!!」」」
最推しのひーちゃんがマイクをこちらに向けてきたので、腹の底から全力でその名を呼んだが、高校生男子達の声量に負けてしまって悔しい。修行不足だなぁ。もっと大きい声を出す練習をしなきゃ。
ひーちゃんは顔の上半分をファビュラスでゴージャスな仮面で隠しているけれど、それでも相当な美人さんなのはわかる。同じ高校に通っていた生徒たちなら、卒業したと言えどひーちゃんの顔は覚えているはず。だから男子の割合が多めのレスポンスになったのも頷けるっス。
西原クン、すみれちゃん、虎子ちゃん、それぞれ個性あふれる自己紹介を披露し、マイクは最後にキーボード担当の黒マスクをした男の子に渡った。……って、智夏クンじゃん!?
ひーちゃんに意識がいっちゃって智夏クンのことを一瞬忘れてた?うそ!?それでも智夏クンの彼女か私!
智夏クンの表情はよく見えないけれど、かなり緊張しているのは手に取るようにわかる。
頑張れ、頑張れ……!
「キーボード担当の……し、しばちゃんです」
シーン、と静寂が訪れた。観客たちからの「え、それだけ?」という困惑が私まで伝わってくる。あぁ、智夏クン!あともうちょっと何かを!
あわわと内心で焦ることしかできない私の横から、静寂を破る大きな声が聞こえた。
「もう一声!」
田中クン……。
値引き交渉のような掛け声に会場は一転、ドッと笑いに包まれた。
「ありがとう」
コソッと耳元でお礼を言うと、少し視線を彷徨わせ軽く頭を下げた。田中クン、良い子!2人の友情にお姉さんちょっとウルっときちゃったよ!さぁ、智夏クン、頑張ってー!
田中クンの心の籠った声援に、智夏クンが応えた。
「……し、しばちゃんって呼んでね」
「「「しばちゃーん!!!」」」
むむ。
ひーちゃんのときとは反対に女の子のレスポンスが多いっス。これは誇るべきなのか、それとも危機感を抱くべきなのか。ヒストグラマーのファンとしては嬉しい。でも、彼女としては気が気じゃない!
どうしよう、いままでわりとそうじゃないかなーとは思ってたけど!私の彼氏、女の子に、めちゃモテてる!!!
「御子柴君って可愛いよね。自分で言って恥ずかしがってるところとか」
「御子柴先輩に助けてもらったの~。めっちゃカッコよかったなぁ」
「学祭が終わったら連絡先聞いちゃおうかな!」
わ、私の智夏クンなのに~っ!
「それじゃあ次の曲いくね!私たちがアマチュアバンドコンテストで披露したオリジナル曲『春を前に君は散る』だよ!この曲でABC歴代史上最高得点で優勝できたから、早速作曲者の柴ちゃんにお話を伺いましょ~」
自己紹介が終わって、もうマイクを持たないと油断していた智夏クンが慌てているのが見えた。けれど、さっきの田中クンの掛け声が効いたのか、緊張はもうしてないみたい。良かった。
「『春を前に君は散る』は、別れの歌です。……別れはとても、辛いことです。涙を流したり、時には心が壊れてしまったり。別れが辛いなら、出会わなければいいのにと思ったこともあります」
それは用意された言葉なんかじゃなく、18歳の少年の等身大の言葉だった。
「……でも、出会わずにはいられない。だって人は1人じゃ生きてはいけないから。人は人を、愛さずにはいられないから」
目が、合った。
ほんの一瞬、彼が私を見て微笑んだ。
本当だね。いつか智夏クンと別れることになったら、私はきっと泣いて泣いて泣いて。出会わなければよかったと思う日がくるのかもしれない。でも、いつか別れがくるとわかっていても、私は君を愛さずにはいられないんだ。
~執筆中BGM紹介~
夏目友人帳より「花模様のオルゴール」作曲:吉森信様




