最推し
午前中の仕事が終わり、夜のラジオ収録まで時間が空いた。
何して時間を潰そうかなぁ。
気になってたカフェに行ってみようかな。あ、でもあそこは智夏クンと一緒に行きたいからまた今度っスね。そうだ、家に帰って10月スタートのアニメのチャックをしよう。10月は続編のアニメが結構多くて嬉しいなぁ。自分がオーディションに落ちた作品は見れないって人もいるけれど、私は気になりすぎて見てしまう派。
今は9月と言えど、残暑が猛威を振るって外を歩けば首筋に汗が流れる。
早く家に帰ろうとバッグを肩にかけ直したときだった。
ポロロン。
スマホを取り出して、通知を見る。差出人は年の離れたお友達のエレナちゃんから。
『バンドがチーちゃんで学校祭に演奏するって!』
こ、これは暗号……?
エレナちゃんは留学生といえど、日本語はかなり上手い。だから彼女の日本語がここまで乱れることはとても珍しいことなのだ。
近くの木陰に入って、暗号の解読に入る。
「チーちゃんは智夏クンのことで、今日は学校祭って言ってたよね。あとはバンドと演奏
だけど、これは普通にバンド演奏ってことだと思うから、全部繋げると……智夏クンが学校祭でバンド演奏をするってことか。……えっ」
智夏クンから聞いたことがある。学校祭でバンド演奏をして、今度そのバンドでデビューをするのだと。
Yeah!Tubeで智夏クンが入っている『ヒストグラマー』の演奏を動画で見て、息を呑んだ。デビュー前の状態ですでにプロ級。5人のバンドメンバーそれぞれが確かな実力を持っている。が、突出してスター性を発揮しているのがボーカルの女の子だ。
デビューしたらライブもあるだろうから、絶対に行って生で聞きたいと思っていた。
そのチャンスがデビュー前の今日、まわってきた!
ポロロン。
『一時間後』
一時間後。ここから移動したら……うん、ギリギリ間に合う!
今朝の占いで、ラッキーアイテムがスニーカーって言っていたから履いてきたけど、正解だった!
大きな期待を胸に、駅まで全速力で走る。
「ヒストグラマーの演奏が、生で、聞ける!」
暑さなんて吹き飛んだ。
「あの子の歌声が、聞ける!ヤッター!」
智夏クンが入っているバンドだけど、ヒストグラマーの中での最推しは圧倒的歌姫のひーちゃんだった。
学校祭特有の手作り感満載の校門のゲートを通って、体育館に入る。もう入り口近くまで人で埋まっていた。
こりゃ、エレナちゃんがどこにいるのかわかんないや。
電話をしてどこら辺にいるのか聞くと。
「真ん中のねー、すんごい背が高くてマッチョの人の近くよ」
とのこと。
とりあえず真ん中に向かって進んでみると、すぐに背の高いマッチョの人が見つかった。……あの人、智夏クンと同じ制服を着ているということは高校生っスか!?いやー、最近の子は大人っぽいっスねぇ。
「ふぅ、ふぅ、間に合ったー」
「お疲れ」
「席、取っといてくれてありがとうね」
「借り一つね」
「それを言うなら、貸し一つっスよ」
しばらくしてエレナちゃんが見つかったというわけだ。
「チーちゃんは今日演奏することを知らなかったんだって」
「え!?じゃあ、ぶっつけ本番ってこと!?」
あれまー!私がひーちゃんの大ファンなのは智夏クンも知っているから、ライブがあれば教えてくれただろう。だから本当に智夏クンは知らなかったんだと思う。
だ、大丈夫かな……。
「いーや、今日やる曲は今まで練習してきた曲らしいですよ」
「!」
後ろから突然声をかけられて驚いた。
「君は……田中クン!」
「ども」
「久しぶり!田中クンもこっちにおいでよ!」
「いや、さすがに友達の彼女の隣に行くわけには……うーん、やっぱ行きます!」
最初断ろうとした田中だが、周囲の男子が突如現れた美女に近づきたそうにしていたのに気づいて、智夏のために隣に行ったのだった。そのことに彩歌は気付かなかったが、エレナは見抜いていた。
「田中って」
「なんだよ?」
「チーちゃんのこと、大好きよね」
「気持ちわりぃこと言わないで」
眩しいくらいに明るかった体育館の照明が消えて、スポットライトがステージの上の人物を照らした。
「みんな、ただいまー!!!」
「「「おかえりー!!!」」」
な、生のひーちゃんだぁあああきゃぁあああああああああ!




