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「やるのは3曲。初めは一年前と同じ、『ツキクラ』のオープニング曲。場が温まったところで2曲目にABCで披露した『春を前に君は散る』。そして盛り上がりがピークに達したとき、新曲の『Start』をお披露目よ!」
陽菜乃先輩が円陣を組みながら今日のセトリを発表したが、これも初耳なんですね、えぇ。『ツキクラ』のオープニング曲なんていつぶりの演奏だ……と思いきや、この前のヒストグラマーの定期練習のときに演奏したばかりだったと思い出す。なるほど、あのときからこのセトリは決まっていて、俺は自覚無しに練習させられていたわけか。先輩たちに手のひらでコロコロ転がされていたんだな……。
「後輩君!遠い目をしないの。集中!」
「スミマシェン」
というか、自然な流れで円陣を組んでいるけれど。
「俺たちって演奏前に円陣を組むバンドでしたっけ?」
「組んだり組まなかったりよ」
「場の雰囲気とテンションだな」
「時間があればしてる感じ?」
「ノリだよね~」
フィーリングでやってたんかい!
毎回やってる恒例行事です、って顔してみんな円陣組むからさ……。
「じゃ、今日も元気にいってみよー!」
「うぇーい」
「わっしょい」
「にゃーん」
「はーい」
相変わらず締まらない。けれどこれが俺たちらしい。
照明が暗転。直後にスポットライトがステージ中央の派手な仮面を付けた女性に当たる。
「みんな、ただいまー!!!」
ビリビリと、スピーカーが震えるほどの大きな声で派手な仮面を付けた……陽菜乃先輩が声を上げた。
ヒストグラマーが本当に帰ってきた。その事実が卒業生の陽菜乃先輩の声で告げられる。
歓喜、待望、期待。それらが混ざった客席からの体育館が揺れるほどの返答。
「「「おかえりー!!!」」」
ステージが照明で照らされて、ヒストグラマー全員が光の下に現れた。
クラスメイト達がメンバーの名前を呼ぶ声が聞こえる。学校で演奏するときならではの掛け声。
ここが俺たちヒストグラマーの原点。
陽菜乃先輩が右手を天高く突き上げる。それだけで、会場は沈黙に包まれた。
『弱い僕に差し伸べてくれた君の手を離すことはない』
場を掌握する圧倒的な歌声。
俺たちを見に来たのは学生だけじゃない。俺たちを品定めするために、あるいは冷やかしに来た人も少なからずいる。そいつら全員を音でひっぱたいてついでに俺たちのファンにしてしまうかのような、破壊力の強い音楽。
一年前よりも、卒業式のときよりもさらにパワーアップした演奏を。
届け。届け。届け!
「みんな、ありがとー!みんなのヒストグラマーがホームに帰ってきたよー!」
「「「おかえりー!!!」」」
どうやら陽菜乃先輩は「おかえり」コールを気に入ったらしい。俺と虎子はまだ卒業していないから、いまいち嬉しさを実感できないが、3人の先輩たちはとても嬉しそうな表情だ。やっぱり母校に凱旋というのは特別なのだろうか。
「次の曲に行く前に、私たちのことを知らない人もいると思うから、自己紹介をするね!私はボーカルのひーちゃんです!私のことはひーちゃんって呼んでね!」
「「「ひーちゃーん!!!」」」
野太い低めの声が割合高めだったな。……つーか、ここで自己紹介するんですか!?
マイクが天馬先輩に渡り、すみれ先輩に渡り、虎子に渡り……位置的に覚悟してたけど、やっぱり最後。
彩歌さんがいた方を見れない。けれどみんなが俺を見ているのは見なくてもわかるぅぅううううういやぁあああだあああああ!
「キーボード担当の……し、しばちゃんです」
もうこれで終わっていいかな。いいよな!?
マイクを陽菜乃先輩に返そうとしたとき、客席のどこかから悪魔のような田中の声が聞こえてきた。
「もう一声!」
値切りか!なにがもう一声だよ!俺から何を引き出そうとして……。もしかして、あれをやれと?いやー、むりむりむりむ……
「……し、しばちゃんって呼んでね」
「「「しばちゃーん!!!」」」
なんで女子の声が多めなんだよぉおおおおおお恥ずかしいぃいいいいい!




