過多
「なぁ、これ見たかよ!?」
「え?……うそ!?」
「マジで!あの『ヒストグラマー』が体育館でゲリラライブするってよ!」
「やば!早く行かなきゃ!」
「私、去年のライブを見てこの学校に入学したの!」
「まさか生で見られるなんて!」
1年前、桜宮高校で伝説的なライブを披露した生徒たちがいたという話は今でも話題に上がるほど、見た者たちの心に深く残っている。
それは入学した1年生たちにも語り継がれ、学校内で知らない者はいないほど。
『ヒストグラマーが、体育館でゲリラライブを開催します!』
この文章が、2年生のバンドメンバーからクラスメイトに発信され、それを知ったクラスメイトたちが、友人に、先輩に、後輩に教えて伝えて広がって。
ライブ開始1時間前の突然の予告であったにも関わらず、会場となる体育館には全校生徒ほぼ全員……だけじゃない。噂を聞きつけた教師たちや父兄、近所の人たちからマニアックな音楽ファンまで。
体育館は人、人、人。
ライブ開始の5分前には人の海、という表現がぴったりの空間になっていた。
ステージの脇からこっそりとそれを覗く目が5対。
―――――――――――――
「体育館ってこんなに狭かったかしら?」
陽菜乃先輩が人の多さに若干引き気味になりながら、これは人が多いんじゃなくて体育館が狭いんだと現実逃避を試みる。
「ちげーよ、人が多すぎるんだよ。誰だっけ、1時間前に宣伝すれば多少は人が来るだろって言った奴」
多少どころか過多になってしまった。緊張するとキレ気味になる天馬先輩が、キレッキレのキレになっている。
「それ天馬よ。ったく、緊張するとキレる癖をいい加減、直しなしゃ、しょ、ちゃい!」
「すみれも噛み癖どうにかしろよ」
俺から見たらどっちもどっちというか、似た者同士というか、バカップルというか。
「あ、彼ぴみっけ~」
虎子の彼氏といえば……あ、見つけた。人の波から頭2つ分くらい飛び出していて息がしやすそうだな、金剛丸龍蔵くん。あんな筋骨隆々で厳めしい顔をしているのに高校2年生なんだぜ?信じられるか?
金剛丸君はちょうど体育館の真ん中くらいに立っていて、コソコソ見ている俺たちは見えていないと思っていたが、視神経も尋常ならざるものを持っているのか、虎子が金剛丸君を見つけた瞬間にお手製のうちわをぶんぶんと嬉しそうに振っていた。
その姿はまるでくまの着ぐるみが手を振っているかのようで、だんだんと可愛く見えてきたような、見えないような。
いないとは思うけど、一応俺の彼女ぴも探してみようか、な……、………?……っ!?
「うぇぁ!?」
「どうしたの?信が寝起きドッキリ掛けられたときみたいな声を出して」
ザキさんもこんな声を出すときあるんだー、なんか親近感湧くなぁ。というか、寝起きドッキリしかけるくらいの仲でまだ付き合ってないのが不思議なんだが。もしかして俺が知らないだけで付き合ってるのかもしれないけど。
ここまでのどうでもいい思考に、コンマ3秒を費やした。というのも、ワンクッションどうでもいい思考を挟まないと現実を信じられなかったからだ。
――彩歌さんが、来てる!
「いえ、なんでもないデス」
「え~?怪しいなぁ」
ここのメンツにはまだ俺に彼女がいることを言って……、言ってなかったっけ?多分言ってない。そして本番前のタイミングで言う話題でもない。ということで誤魔化すしかない。
「ヨォシ、今日も張り切っていきましょう!」
「急に仕切りだしたぞ」
「客席に秘密があるんじゃない?」
「怪しいな~」
「後輩くーん?」
怪しんでくるみんなをぐいぐいと引っ張り、ステージ脇に戻る。
元からやる気は充分にあったが、さらに気力が滾ってきた。




