失った信頼
「先輩たちも虎子もみんなひどい」
学校祭で突然のライブ、しかも披露するのはデビュー曲の新曲だという。デビュー前だからまだどこにも披露していない曲を、今日、学校で、生演奏!そんな重要なことを俺にだけ知らされていない!Why!?
「ごめんって智夏~」
「心が籠っていない謝罪は受け入れ不可です」
天馬先輩が手を顔の前ですりすりして謝ってくるが、笑いをこらえているのがバレてる。俺、本気で怒ってるんですけど!?
「智夏パイセン許して~」
「ごめんなさいね。私は止め……たわけじゃないけど。むしろ率先して黙ってたけど!」
「虎子はともかく、すみれ先輩……!」
正直は美徳だと言うけれど!今は明らかに悪手ですよ!……って俺が言うのも違うけど!
「智夏」
静かな声で俺を呼んだのはザキさんだった。
ヒストグラマーのメンバーは全員敵なのはわかっているが、ザキさんは……どっちだろう?ライブをやることは知っていただろうが、俺に知らせていないことまで把握していたのだろうか?
「僕も知っていて黙っていた側の人間です。つまり敵ですね」
「ザキ―タスお前もかー!!!」
なぜご丁寧に敵宣言したんだよザキさんんんんんんっ!
ここに俺の味方は一人もいなかったか。残酷な現実に膝から崩れ落ちてしまった。
「みんな恥ずかしがって言わないので僕の口から言いますが、」
半べそかいてた俺の肩に手を置いて、誰にも聞かれないようにコソッとザキさんが教えてくれた。
「智夏のことを心配していたみたいです」
「心配……?」
そんな心配かけるようなことをした覚えは……。
「去年の学校祭のライブの直後、智夏は倒れてしまったでしょう」
「あ……」
そうだ。あのとき俺は曲作りに追われていてまともな睡眠時間も取れずに学校祭のライブに挑んで、演奏を終えてステージ脇に戻った途端に倒れたんだった。
「智夏が疲れているのに気が付いていたのに止められなかった、とみんな自分を責めています」
「そんな!あれは俺が無理をしたせいなのに!」
「僕も責めました。あの日、真っ青な顔で倒れた智夏を見て、なぜ「休んで」の一言が言えなかったのかと」
あの出来事で、みんなが自分を責めていたことに俺は気付きもしなかった。いつもいつも、後から知るばかりで。
「これを言って智夏を責めているわけじゃない……と言っても智夏はきっと自分を責めるでしょうから。だから誰も言わなかったのかもしれません」
ここ最近、学校祭の準備やヒストグラマーの新曲の練習、ライブのバックミュージシャンに決まって打ち合わせや練習が立て込んでいて忙しかった。それがわかっていたから、今日ライブをすると言わなかったのか。
「俺がまた倒れるかもしれないから」
今日ライブをやると事前に言っていたら、今日のために追い込んで新曲の練習をして、もしかしたら体調を崩していたかもしれない。それを心配して、みんな俺に黙っていたのだろう。
知らされなくて当然だ。
自分の体調管理すらできなくて、何がプロだ。何が学生生活と音楽活動の両立だ。
倒れたあの日、俺は信頼を失ってしまったのだ。この人なら仕事を任せて大丈夫、という信頼を。
ならば俺がこれからすべきことは、失った信頼を取り戻すこと。
スーッと息を吸って、近くにいて黙って聞いていたみんなに宣言する。
「もう心配かけないから!だから見ていてほしい!」
これまで以上にスケジュール管理は徹底するし、体力は密かに続けている筋トレの成果か徐々に向上している。
失った信頼は実績をもって取り戻す。
陽菜乃先輩がしばらく俺の目をまっすぐに見た後に、ひとつ頷いた。
「わかったわ。ちゃんと見てるから。……でも、心配はさせてね」
先輩の優しさに胸打たれかけたとき、横から感動をへし折ってきた。
「智夏が練習不足で俺たちの足を引っ張らないか心配、とかな」
天馬先輩はね、うん、そういうひとだよね、うん。ここは俺が大人になるところ。
「足を引っ張るどころか背中にドロップキックをお見舞いしてやりますよ!」
「なんだと!?それじゃあ俺はジャーマンスープレックスを決めてやる!」
「それ足の引っ張り合いじゃ〜ん」
「「「ハハハ」」」
大人ってなんだっけ。息を吐くように喧嘩をふっかけてた自分が怖い。
だけどまぁ、雰囲気も良くなったし結果オーライってやつかな。




