落とす
彩歌さんが俺の膝の上に座って眠っていたのは10分にも満たない時間だったが、顔色は今朝よりも良くなっていた。
俺は膝の上で彼女がすやすやと眠っている間は生殺し……ではなく、一緒に少し眠ってしまった。2人でくっついているとどうにも居心地が良すぎてつい眠たくなってしまう。
その後は、何事もなくライブが再開された。サプライズではなくなってしまったが、彩歌さんが予定通り歌い、俺はピアノを弾く。
時間以外は計画通りに進んでいき、アクシデントが起きることもなかった。あえて挙げるならば、Ryoが演奏途中で力みすぎてスティックを折ってしまったことくらいだろうか。
Ryo曰く。
「特上ちゃんの歌声とクソガキの演奏を聞いたら全身に力が漲って、力を入れすぎた」
とのこと。
俺たちの演奏にそんなブースト効果はないはずなんだけどな。
そんなこんなでライブの2日目。最終日が大歓声の中、幕を閉じた。
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「俺たちの高校生活ラスト夏休みが終わっちまったな」
「そうだな」
8月よ、さようなら。そして9月よ、こんにちは。
長いようで短かった夏休みが終わってしまった。田中と2人、教室の窓から空を見て黄昏る。
今年の夏休みは田中達と海水浴や山登り、花火など様々なイベントを楽しんだ。これこそが高校生だよな〜、と思った瞬間に夏休みが終わってしまい、気持ちが追いつかない。夏休みと一緒にやる気も置いてきてしまったみたいに、教室中が陰気に満ちている。
「おいおいお前ら暗すぎだろー」
「だってー」
ヨシムーが教室に入って、生徒達を一瞥して鼻で笑った。いや、鼻で笑うってひどいな……。
みんな、夏休みが終わって悲しいという理由だけでこんなにテンションが落ちているわけではない。夏休みが終わるということは着々と受験が近づいてきているということでもあるのだ。
「そりゃ、夏休みが終わったら受験まであっちゅうまだけどな」
言葉にして言われたことでさらに教室の空気が重くなった。ここで話を終わらせたら俺たちはヨシムーを鬼だと思ったんだろうが、担任の先生が本当は生徒思いな先生だということをみんな知っている。
「それでもお前らにはまだ楽しい楽しい祭りが残ってんだろ?」
「祭り……」
「体育祭!」
「文化祭!」
みるみるうちにテンションが上がっていき、教室が活気に満ちた。まるで水を得た魚。
「それが終わったら受験しかねぇけどな」
「なんだよー!」
「それ今言わなくてもいいでしょー!」
上げて落とすなぁ。ここまでが俺たちと先生の定番の流れみたいなもんだが、これもあと半年ほどで終わると思うと寂しいものがある。
「そんじゃ、明日の体育祭、明後日からの文化祭、どっちもほどほどに頑張れよなー」
考えないようにしていたが、いよいよ明日に迫ってきてしまった。俺の天敵、体育祭!
去年の体育祭はもう、思い出したくもない。それほどに足を引っ張ってしまった自覚はある。みんな優しいから責めずに慰めてくれたが、その優しさが逆に辛かった。……ので!今回こそは足を引っ張らないように、みんなから「ドンマイ」を言われないように頑張るぞ!
……………………高校生活最後の体育祭は、泣きたくなるくらいに「ドンマイ」をみんなから言われたことだけをここに記しておく。
~執筆中BGM紹介~
「ORION」歌手:中島美嘉様 作詞・作曲:百田留衣様




