彩りの歌
右では宝城さんが江戸川さんを翻弄しており、左ではRYOが恋する乙女と化していた。
どうすっかな、これ……。
きょろきょろと周囲を見渡すが、誰も目を合わせてくれない。ようやく目が合った人たちも皆一様に目を逸らす。誰も巻き込まれたくはないよな。わかるよ、だって俺も巻き込まれたくなかった。
誰も助けてくれる人はいないか……、と諦めかけたとき、扉の影からこちらを覗く存在に気付いた。
「さっ!?」
艶やかなミディアムボブの髪、ライブ用に赤いアイラインが入った情熱的な瞳、ルビーのような唇……って、一瞬で細かいところまで見すぎだろ俺。
「ちな、御子柴君いま忙しそうだから後にするね……」
邪魔してごめん、と去って行こうとする彩歌さんを慌てて止める。
「鳴海さん待ってください!全然忙しくないんで!暇すぎて円周率を覚えようとしてたくらいなんで!」
「ふふっ、なんスかそれ?」
咄嗟に口から出た言い訳が意味不明すぎて彩歌さんが笑った。きゅん。
下手な冗談でも、とにかく足止めには成功したわけだ。
ここは騒がしすぎるから、場所を変えようと言おうとしたとき、横から割り込まれた。
「アタシは宝城時音。宝の城に時の音だ。美しいレディ、貴女のお名前を聞いても?」
「ご丁寧にどうもっス。声優で僭越ながら歌手活動もしてます、鳴海彩歌っス。えーっと、セミが鳴く海で彩りの歌です」
「無理やり宝城さん風に挨拶しなくてもいいんですよ」
「そうなの?面白かったから今日のライブでやろうと思ったのに」
クセがハンパない宝城さんの自己紹介に合わせようとして、さらに難解な彩歌さんの自己紹介ができてしまった。
「絶対にやめてください」
みんな「?」が頭上に浮かぶから。
「こんなむさくるしいところに何の用だい?」
ここは宝城さんの控室ではないんですがね。我が物顔で堂々と言っちゃうからすごい。
「あ、少し御子柴君をお借りしたくて」
「だそうだよ、サニーボーイ。早くエスコートしたまえ」
「待って御子柴k……フガ!?」
俺を伴奏者に誘うためにここに来ていた江戸川さんが止めに入るが、途中で宝城さんに後ろから羽交い絞めにされていた。
今だけは宝城さんに感謝だな。
気を取り直して彩歌さんを誘い直す。
「それじゃあ少し静かなところに行きましょうか」
「うん!」
彩歌さん、そんなに心底嬉しそうな顔を俺に向けたら色々と勘繰られちゃいますよ。
今日も慌ただしく動くスタッフさん達に道を開けながら、ちょっとした休憩スペースに入る。
「エレナちゃん達が来てるみたいっス。ほら」
見せてもらったスマホの画面には、エレナとのメッセージのやり取りが。こうやって簡単にスマホを見せてもらえるのは、親近感の現れみたいで嬉しいな。
『今日のライブ楽しみにしてるわ!』
事前に連絡もなく、当日の朝にこのメッセージを送るのはエレナらしいというかなんというか。
『カンナと香織も連れてくから、気が向いたらチーちゃんにも伝エテネ』
間違いなんだろうが、最後の3文字がカタカナなのが怖い。
「語尾に異様なプレッシャーを感じたので、これは伝えねばと思った次第っス」
どうやら彩歌さんも同じことを感じたらしい。
誰にもバレないように俺の指の先を指先で掴んで、それに、と言葉を続けた。
「智夏クンに会いたかったから」
~~~~~っ。
「それは反則です……」
彩歌さんとここ数日プチ喧嘩?をしていたため、彩歌さんに対する免疫が無くなってしまったような。
「でも智夏クンは朝から女の子に囲まれて楽しそうだったね」
「いや、あれは」
囲まれていたというよりかは追い詰められていたと言いますか!
「「パートナーになって」とか「色気がある」とか口説かれてたっス……」
はて。
そんなことを言われましたっけ?
ナンパされた記憶はないんだがなぁ。……あ。
「それは誘い文句ですよ。江戸川さんがヴァイオリンのコンクールに出るためにピアノ伴奏者を探してて」
「じゃあ「色気がある」は?」
「俺のピアノの音色が「色気がある」って言ってました」
「てことは全部私の勘違いってことっスね」
うんうん、と彩歌さんが頷いて、3秒後に顔が真っ赤に火照った。
「恥ずかしッ!勘違いで嫉妬するなんて~!」
恥ずかしさのあまり撃沈する俺の彼女は、世界で一番可愛いことをここに記しておく。
~執筆中BGM紹介~
リコリス・リコイルより「花の塔」歌手・作詞・作曲:サユり様




