取っ組み合い
「私のパートナーになってくれないかしら!」
「……は?」
アニメ音楽に特化した2日間の『熱風アニソン大ライブ』の1日目が終了した。
明日も世話になるピアノの手入れを一人せっせと行っていたとき、突然やって来て怒涛の勢いで話し始めた江戸川さん(18)。彼女は俺と同じバックミュージシャンとしてここに呼ばれたらしく、ヴァイオリン弾きらしい。
と、ここまではまだ理解できたのだが、パートナーってなんだ……?
「来月にヴァイオリンのコンクールがあってね~。いっつも伴奏をやってくれてた子が怪我しちゃって!いま替わりのパートナーを探してるのよ。それで今日どうしようって思いながら来たら、すっごく音色が綺麗なピアニストがいたから、これは運命よ!って思ったの」
「は、はぁ」
この人はいつ息継ぎをしているんだろうか。ここに来てからずっと喋ってるぞ。心なしかこの空間の酸素が薄くなっているような。
「ねぇ!お願い!」
両手を顔の前でパンと合わせて、距離を詰めてきた。
「ピアノ伴奏者って、ヴァイオリニストとの信頼関係が大事だと思うんですけど」
「そうね!だから来月までに信頼関係を築けたらと思ってるわ!」
遠回しに遠慮したら跳ねのけられてしまった。……うし、こうなったら正面突破だ。
「シンプルにイヤです!」
「超ストレート!」
いま会ったばかりの人のコンクールになぜ伴奏者として出場しなければいけないのか。そんなことをしている余裕は俺にはな……ハッ!?
「いま何時!?」
「ふぇ?」
スマホを取り出して時間を見る。まずい、あと5分で彩歌さんとの約束の時間だ!
「すみません失礼します!」
荷物を持って、飛び出す。指定された場所はライブ会場の近くだから走ればギリ間に合うか!?
「ちょ、御子柴君ー!?」
走って出口に向かう俺に、すれ違ったスタッフさん達が驚いて道を開けてくれる。みんないい人だなぁ、と人の優しさに頭が下がる。
「ありがとうございます!」
お礼を言いながら走ってライブ会場内を走る。
「はーい」
「よくわからんが頑張れ~」
「お疲れー」
遅くまで残って作業をしているスタッフさん達から声をもらって、うっかり涙が出そうだ。
ワックスが効いた滑りやすい道を走り抜け、ライブ会場後にする。
あと少し、あと少し。
信号待ちしている間に時間を確認すると、約束の時間の3分前。待ち合わせ場所はこの信号を渡って右に曲がったところ。よし、間に合う。
「あっれ~?あれあれあっれ~?」
「……うわ」
なぜここにこいつが。
「クソ生意気なガキじゃん。さっきぶりだな」
馴れ馴れしく肩を組んできたのは、Luna×Runaの2人を紹介しろと言ってきたRYOだった。
「急いでるんで!」
信号が赤から青に変わった瞬間に走りだそうとしたが、組まれた肩をガシッと掴まれた。
「待てよ。俺さぁ女の子に声かけたんだけど誰も遊んでくれなくて暇なわけ」
「そうですか良かったですね離してください」
ギギギと肩に組まれた腕を引き剥がそうと試みるが、今度は両腕を後ろから回された。まるで後ろから抱きしめられるみたいに。
「気持ち悪いんで離してください」
本気の力で引き剥がそうとするが、この男、力が強い……!
「ガキ~。お前いまから女のところに行くんだろー?俺の勘がそう言ってる」
怖い怖い怖い。野生の勘か?
黙ってればやり過ごせるかと期待したが、そう上手いこといかないようだ。というか、どんどん悪い方向に話が勝手に進んでいる。
「俺も一緒に連れてけよ」
「嫌だ。ふざけんな。離してください」
敬語がぽろぽろと零れ落ちるが、気にしていられない。敬うような相手でもないしな!
「ちょっとぐらいいいだろ?」
「嫌だって言ってんだろ!いい加減離せ!」
腕を引き剥がそうとする俺と、死神のようにしがみついてくるRYO。だんだんと取っ組み合いの様相になっていったときだった。
「私の智夏クンを返してくださいっス」
~執筆中BGM紹介~
ドロヘドロより「Welcome トゥ 混沌」歌手:(K)NoW_NAME様 作詞:(K)NoW_NAME:Ayaka Tachibana様 作曲:(K)NoW_NAME:Makoto Miyazaki様




