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報われた



彩歌さんがゆっくりと姿を現し、客席から息を呑む音が聞こえてきた。いや、これは自分の音だろうか。ステージ裏で見たときと同じ姿であるはずなのに、全然違う。スポットライトを浴びているせいもあるだろうが、彩歌さんそれ自体が輝いているような。同じステージ上にいるのに、まるで手の届かない、遠い存在のような。


客席が我に返り、ペンライトの海が青一色になった。


そのとき、ふと思い出した。


『私たち、この場所に2人っきりっスね』


それはまだ彩歌さんと付き合う前、プラネタリウムでレクイエムの動画を撮影したときのこと。あのときもそうだ。


鎮座するグランドピアノが、ペンライトの光を吸収して小さな夜空のように輝いている。


この人工の星空に、2人きりのようで。付き合う前だったから、まるでデートのようだと思ったら彩歌さんが言ったのだ。


『なんだかデートみたい』


前回も今回も、偽物の夜空だけれど、もしかしたら本物よりも美しいかもしれない。


キラキラと眩しくて、この景色を生涯忘れないだろうと頭の片隅で思いつつ、ゆっくりと視線は彩歌さんの方へ。


彩歌さんもゆっくりと俺の方を振り返る。


お互いに吸い寄せられるように、視線がぶつかる。互いに互いを見つめて、呼吸がひとつになっていく。お互いがまるでひとつの存在かのように混ざり合ったとき、自然と指が鍵盤を弾き、彩歌さんが喉を震わせた。


「~♪」


歌に対して真摯に向き合ってきたことがわかる歌声。初めて聞いたときも心を動かされた。だが今日は、今まで聞いてきたどのレクイエムよりも、心が震えた。







うわぁああおおおおおおおお!


どよめきのような歓声が沸き上がり、そこで現実に意識が戻ってきた。


「『月を喰らう』より劇中歌『レクイエム』。お聞きくださりありがとうございました」


静かに語りだした彩歌さんの声に、ようやく歓声が収まった。ここからはリハーサル通り、椅子から立ち上がり、彩歌さんの半歩後ろに立つ。


演奏しているときは気にならなかったが、ここに立つと嫌でも目に入るたくさんの人、人、人。皆が一様に俺たちを見てくる。


「ミシェル・スペンサー役の鳴海彩歌と、演奏してくれたのが、『月を喰らう』の劇伴の作曲家であり、ただいま披露しました『レクイエム』の作曲者でもあります、御子柴智夏さんです」


パチパチパチパチ


観客に向かって、頭を下げる。


ペンライトが揺れたり、拍手で応えてくれる観客たち。


さっきの歓声や、この万雷の拍手。これだけで彩歌さんの歌声が、この『レクイエム』がどれだけの人の心に届いたのかがわかる。


「私にとってこの曲は、特別な曲です。声優でありながら歌手活動をすることに悩んでいた時期に、この曲を聴いて、心が震えました。レクイエムは鎮魂歌ですが、同時に新しい旅路につく人の背中を押す曲でもあると思うんです」


狐面の下で、目を見開いた。


――安心して、次の旅路へ向かってほしい


それは俺が『レクイエム』を作るうえで、軸にしていた気持ちだったから。


彩歌さんには言っていなかった。なぜなら、この曲は鎮魂歌であるから、背中を押すような応援するような曲であってはおかしいから。


でも彼女はそれを汲み取ってくれていた。


「この曲がどうか、新しく一歩を踏み出す方の力になりますように」


あぁ、この気持ちをどう表せばいいんだろうか。


満足感?幸福感?


どれもあってるけどそれら全部を含めて”報われた”だろうか。


もう一度、今度は彩歌さんと揃って客席に向かって一礼し、エスコートをしながらステージ裏に帰る。


「智夏クン、ライブの後に少し時間いいっスか?」


隣を歩く俺にしか聞こえない声量で、彩歌さんが前を向きながら聞いてきた。


「はい」


覚悟を決めろ。

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