熱風
今回が400話目だったんですね!投稿した後に気付きました(遅い)
夏本番。
見渡す限りに人、人、人。
ある人はペンライト片手に。またある人はうちわを片手に。思い思いの格好でそれぞれは客席に座って、今か今かと待っている。
ステージの脇から、司会兼、アーティストの女性が姿を現した。それだけで会場の温度が熱気により3度は上がったように思う。
赤を基調とした炎を連想させるカッコいい衣装を身に纏い、司会者は声高々に口を開いた。
「さぁてっ!今年も始まりました!『熱風アニソン大ライブ!』観客のみんな~!熱風を起こす準備はできてるかー?!」
「「「おー!!!」」」
「そんな声じゃそよ風も起こせないぞ~。熱風を起こす準備はできてるか~?!」
「「「うぉおおおおおおお!!!」」」
大きなドーム球場が揺れるほどに期待が爆発している観客たちの歓声を聞きながら、ライトアップされていない、ステージ奥の特大モニターのすぐ下に設置されたキーボードの前にこそこそと観客にバレないように座る。こそこそしなくても、観客たちは俺たちのような影の人間には興味ないか……。
2日間にわたって開催される『熱風アニソン大ライブ!』のトップバッターを務めるのは新進気鋭のアニソンシンガーだ。
曲はばっちり暗譜した。緊張もしてない。
息を吸って、吐いて。
よし、良い仕事をしよう!
ステージ中央の両脇から炎が高く燃え上がり、ステージ中央に開いた穴からアーティストが飛び出した。
「行くぞ『風アニ』ー!!!」
『熱風アニソン大ライブ』略して『風アニ』の名と共に、男性アニソンシンガーが吼えるように歌いだした。
「♪~」
歌い出しと同時に俺たちバックミュージシャンも音を奏でる。
キーボードの他にも、ギターやベース、ヴァイオリンや管楽器など、演奏者も実はかなり多いのだ。曲ごとに入れ替わり立ち代わりで出たり入ったりするのだが、キーボードやピアノ担当の俺は、他の楽器と比べると動く回数は比較的少ない。
1曲目が終わり、観客の盛り上がりは上々。っと、余韻に浸っている暇はないんだった。歌い終えたばかりのアーティストの方が観客に向かって話している間に、俺たちは全員裏に引っ込む。
なぜ全員が引っ込むのかというと、次のアーティストはバンドなので、自分たちで伴奏するのだ。したがって俺たちはそそくさと裏に戻り、小休憩に入る。ステージ上はかなり暑く、スタッフさんが用意してくれていた水をがぶ飲みしていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「「智夏ちゃん」」
この声は!
「Luna×Runaのお2人じゃないですか!」
「お、お疲れ」
「お久しぶりですね」
バックミュージシャンの控室に入って来たのは、劇場版『ツキクラ』の主題歌『星屑の軌跡』を歌っているLuna×Runaの2人だった。
「智夏ちゃんの雄姿、ちらっとですが映っていましたよ」
「マジすか」
控室にはテレビが置いてあり、そこにライブ会場の様子が映し出されるのだ。
ちなみに俺はいちミュージシャンとして来ているため、仮面も眼鏡もしていない。が、ステージ上は暗いし、前髪は下ろしたままなので顔はよく見えていないだろう。
「出番まであともう少しですね」
何気なく話を振ったつもりだったが、話題をミスってしまったようだ。2人ともこの話をした途端に顔色が悪くなってしまった。
「どどど、どうしよう。緊張してきた」
「困ったわ。さっきから震えが止まらないの」
「「智夏ちゃん、助けて」」
助けてって言われても、俺は演奏しないからなぁ……。
『星屑の軌跡』は猫平さんと本田さんがピアノを連弾しながら歌うため、俺は一切関われない。だから伴奏からサポートするとも言えないし……。
「俺に出来ることがあったら何でも言ってください」
「そ、それじゃあ、手を握ってくれる?」
「さっきから手が冷えちゃって、うまく動かなくて」
ピアノを弾く者にとって手が冷えるのは致命的だ。急いでロッカーに入れた荷物の中から手袋を取り出して猫平さんと本田さんのそれぞれ右手に片方ずつ手袋を付けて、その上から手を握った。
「智夏ちゃん……。あ、あありがたいけど思ってたんと違う」
「え?」
手袋を要求してたんじゃなかったのか?




