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本気で頑張る



香苗ちゃんに捕獲?されてから、俺の日常は激変した。大掃除の翌日の放課後、俺は香苗ちゃんの勤めるアニメ制作会社、ドリームボックス(通称ドリボ)にいた。


「社長!昨日送ったデモ聞いてくれました?」

「あぁ。素晴らしいものだった。あれほどの曲を即興で思いつくとはなかなかの逸材だな」

「ですよね!うちの子、すごいですよね!」

「では、その子が?」


できる女という感じでビシッとスーツを着こなす20代後半くらいの女性、ドリボの女社長がこちらに視線を向ける。なんだが居心地が悪い。


「初めまして。香苗ちゃ、さんの甥の御子柴智夏です」


ぺこりと頭を下げる。


「初めまして。アタシはドリームボックスの代表取締役を務めている、滝本(たきもと)(なぎさ)だ。よろしく少年」

「えっと、俺はまだこのバイトをやるとは一言も言ってないんですけど…」

「…香苗!!あんたまた勝手に暴走したでしょ!!」

「えーだってナギちゃんが言ったんだよ?捕獲せよって」

「んんっ確かに言ったけど!相手の承諾くらいもらってから連れてきなさい!」


なんか、大変なことになっている。女子同士の喧嘩には絶対に関わらない方がいいと田中が言っていたが、揉めている原因は俺みたいだし、どうしたものか、と思案していると突然社長室の扉が勢いよく開いた。


「渚さんっ!!オーディションの結果どうだったっ、っておっととととっそこどいて~~~!!」


いきなり同い年くらいの女の子が飛び出してきたと思ったら、扉の前にいた俺とぶつかって床に二人して倒れこんだ。


「うわっ」

「ぐへっ」


ちなみに前者が俺の悲鳴である。長年ひきこもりをしていただけあって、咄嗟のことに体がついていかない。そして、俺の上に倒れた女の子を起き上がらせる筋力もない。ないない尽くしである。


「カンナっ!?あんたまた来てたの!?っていうか早く智夏君の上からどきなさい!!」


カンナと社長から呼ばれた少女は俺を見下ろしたまま動かない。あ、眼鏡外れてる。


「イ、イ、」

「「い?」」


挙動不審な少女に香苗ちゃんと社長が聞き返す。


「イケメンだぁあああああ!!」

「あらほんとう。びっくりするほどイケメンだわ」

「いまさら気づくなんて遅いなーナギちゃん」


いや、どうでもいいので早く俺の上から降りてほしい。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「香苗さんプロデューサーなのにこんな所で何してるんですか?」

「社長室をこんな所呼ばわりするんじゃない」


艶やかな長い黒髪を後ろでひとつに結び、はきはきと喋る少女は社長の知り合いらしい。


「そもそも声優オーディションの結果はあんたの事務所に送ったわよ。いちいち来なくてもいいじゃない」

「それで、結果は?」

「不合格」

「なんでー!!今回は自信あったのに…」

「別にうちの会社のオーディションじゃなくてもいいじゃない」

「ダメ!デビュー作はドリボって決めてるの!」

「はぁまったく」

「ところでそのイケメン君は誰?」


突然話題が自分に移ったので少しばかり驚いた。


「御子柴智夏君。香苗の甥っ子よ」

「ふぇー香苗さん甥っ子なんていたんですねー。何しにここへ?職場見学?」


職場見学?なんだろうそれ。そんなものがあるのか。こういうのジェネレーションギャップって言…わないか。


「違うわよ。スカウトよ」

「スカウト?アイドルプロデュースでも始めるんですか?」

「違う違う。あんたはもう帰りなさい」

「えーいいじゃないですか。で、何のスカウトなんですか?」

「うちの会社専属のサウンドクリエイター」

「…へぇ」


スカウトと言ったあたりから、カンナの声が低くなった気がする。俺なんかしたかな?


「こんな逸材を逃すわけにはいかないわ。お願いっ!給料は弾むからっ」

「あの、バイトって聞いてたんですけど、それはバイトでもできる仕事なんでしょうか」

「バイト……そうね。まだ学生だものね」

「サウンドクリエイターがバイトの学生なんて私は反対!!」

「カンナの意見は聞いてないわ」

「だって!オーディションに落ちたのは、私が高校生だからでしょ!?」

「違う、あんたの実力不足」

「っ!」


居心地の悪さを感じる。なんかカンナからものすごい睨まれてるし。


「ずるい!私は努力しても届かないものに、アンタは才能だけで手が届く!!やりたくないならやるな!!本気で頑張っている人たちに失礼だ!!!」


涙をこぼしながら俺に言い放つカンナ。そして部屋から走り去ってしまった。


やりたくないならやるな、か。別にやりたくないわけではない。ただ、自分が何をしたいのかがわからないのだ。本気で頑張っている人たちは、何がそうさせるのだろう。何を原動力に努力しているのだろう。わからない、だからこそ知りたいとも思うのだ。


「まぁカンナが言うことも一理ある。が、しかし。君の能力を私たちが求めているのもまた事実。どうする?やめる?」

「俺は、”本気で頑張る”がよくわかりません。多分こんな俺がそういう人たちの中に入ったら、不快な思いをさせると思います」

「そうかな?私は逆に燃えるけどね。まぁ大事なのはそこじゃない。君の意思だ」

「俺は、自分でお金を稼ぎたいです。少しでも香苗ちゃんの負担にならないように。だから、バイトがしたいです。不純でしょうか?」

「いいや?真っ当な理由だと思うぞ。ようこそ、ドリームボックスへ。私は君を歓迎するよ」


これが生涯の付き合いとなる、ドリームボックスとの出会い。そして、俺の作曲家人生のはじまり。


社長室を後にしようと(きびす)を返すが、ふと疑問を口にする。


「社長、最後に一つ質問よろしいですか?」

「どうぞ?」

「どうすれば”本気”になれるんでしょうか?」

「それは、アニメを見ればわかるよ。少年」


大人の余裕の笑みのような、子どものいたずらな笑顔のようなそんな表情だった。社長は言葉を続ける。


「漫画やアニメは人生においての教科書だからね。学校で『現実』を教えるとするならば、漫画やアニメは『夢』を私たちに教えてくれる。まずはアニメを通して”本気”とは何か、そのきっかけでもいいから掴むことが大事だよ」

「まぁナギちゃんの言いたいことを要約すると、少年よ大志を抱けってことですな」


うんうん、と訳知り顔で香苗ちゃんが頷いている。が、当の社長は首を傾げている。


「そういうこと、なのか?まぁいい。質問は以上かな?悩める少年」

「そうですね。参考にはあまりなりませんでしたが、ありがとうございました」

「うーん辛辣!!」

「これは将来大物になるな」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここが今日から夏くんの仕事部屋だよ」


完全防音の部屋に入ると、そこには大きなグランドピアノが。それともうひとつ。というかもう一人。


「そして今日付けで夏くんの助手になった」

犬飼(いぬかい)優介(ゆうすけ)です!よろしくお願いします!」

「あの、助手って?」


バイトに助手が付くなんて聞いたことが無い。この業界では普通なのだろうか。


「助手というか、アシスタントというか。まぁ夏くんが慣れるまでの指導役というかね」

「なるほど。よろしくお願いします。犬飼さん」

「はい!こちらこそよろしくお願いします!あ、さっき智夏くんのデモ聞いたんですけど、最高ですね。心に直接訴えかけられているような、感謝の気持ちがダイレクトに伝わるような素晴らしい曲でした。あ、ちなみに智夏君の好きなアニメはなんですか?僕はやはりロボットアニメが大好きでしてね。いやーロボは男のロマンですよね。作品ごとにフォルムも全然違うし、性能や武器なんかも…」

「犬ちゃんストップ、ストップ。ヲタク特有の早口弾丸トークは止めなさい」

「すみません…はしゃぎすぎました。あ、それで好きなアニメはなんですか?」


早口すぎてほとんど聞き取れなかったが、とりあえずアニメが大好きなことは分かった。


「好きなアニメ……というか、俺」

「なになに?やっぱり多すぎて一つに絞れない感じかな?」


推定年齢40歳くらいの男の人にきらきらした目で見られているが、俺の返答はこの人を落胆させるだろうから申し訳ない。


「あの俺、アニメを見たことが無くて」

「「へ?」」

「今まで一度も?」


目を皿にして香苗ちゃんが聞いてくる。そんなに珍しいことなのだろうか。


「幼いころには見ていたのかもしれませんが、記憶にはないですね」

「全く?一つも?とらエモンは?アンシンマンは?ドドロは?」


多分犬飼さんは有名なアニメの名前を挙げているのだろうが、どれにもピンと来るものはない。


「えーと…すみません……」


沈黙がおよそ10秒過ぎたころ。


「「なんだって~~~~~~っっっっ!!!」」


二人分の悲鳴が、完全防音の部屋に響いたのだった。





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