お酒
今回は彩歌さん視点でお届けです。
夏真っ盛り。
セミはミンミン鳴いて、入道雲はもくもくと空に昇っていく。
「で?彩歌おねーさんはいつになったら兄貴と話してくれるわけ?」
「うぐっ」
そ、それは……。
智夏クンとどう話せばいいのかわからなくなって……っていうのは言い訳か。要は避けるようになって5日がたってしまった。
昨日はエレナちゃんに心配をかけ、今日は仕事帰りに親友のみーちゃんに無理やり部屋に連れ込まれた。そしたら何故かみーちゃんの家に秋人クンがいて、汚部屋の掃除をしていたのだ。
「そ、そもそも秋人クンは何故みーちゃんの部屋に?」
「話を逸らしたね、彩歌」
今日はみーちゃんが厳しいよぅ……。
「僕がここにいる理由は、彩歌さんに会えるかと思って。予想は的中……と言いたいところですけど、矢代さんに連れてきてもらいました」
なるほどね。つまり秋人クンが私に合う手段として、この前紹介したみーちゃんの家に来たわけだ。
自分のせいだとはわかっているが、つい恨みがましい目で親友を見てしまう。
「……みーちゃん」
「だって~、傷心中だから呑んで忘れようと思ってもガキンチョが家に居座ってたら呑めないもの」
「とか言ってめっちゃ呑んでるじゃん」
「これでも未成年の前だから控えてんのよ」
「え、これで?」
テーブルの上に並べてあったビールの空き缶の列を見ながら秋人クンが衝撃を受けていた。これでも本当に抑えている方だ。
「秋人クン、お兄ちゃんは……元気?」
「なわけないっしょ。しょんぼりを通り越してじめじめだよ。家の中が湿気ってしょうがねぇ」
お前のことなんか忘れて元気にしてるよ、なんて言われた日には立ち直れる気がしないが、自分のせいで智夏クンに元気がないのもイヤだ。
イヤだ、なんて言う資格は私にはないっスね……。
「なんで避けてんの?」
「避けては……」
「避けてるわよね?いまさら言い訳しないで、さっさと白状しなさい。ほれ」
みーちゃんに渡されたのは、度数が強めのお酒だった。
お酒は弱いからなるべく呑まないようにしていた。けど、呑まないと言えないこともある、か……。
「じゃあ僕も、」
「アホ。ガキンチョは大人しくオレンジジュースでも飲んでな!」
「ちぇ」
秋人クンはオレンジジュース、みーちゃんと私は度数強めのお酒を手に、それぞれが右手を上げた。
「「「乾杯」」」
まだ日も沈み切っていない夕方。5分後にはべろべろに酔ってぐずぐずに泣いている彩歌が出来上がっていた。
「うぅ……、智夏クンと崖から落ちたときにね、私は怖くて動けなかったのに、智夏クンは私を庇ってくれた」
「あら、いい男じゃないの」
「私は!怖かった!智夏クンの命の優先順位に、智夏クン自身が入ってないことが!」
崖から落ちる、わずかな瞬間。考えて実行に移す時間なんてなかった。あれは無意識じゃないとできない行動。咄嗟に私を庇ってくれた。自分の身の安全を勘定に入れずに。
涙が止まらないのはきっと、お酒のせいだ。
「うぐっ、ひぐっ」
「少しずつだけど、兄貴は自分のことを大切にできるようになってきてる。それは僕たちの力もあるだろうけど、一番はやっぱり彩歌さんの存在が大きいよ。彩歌さんがずっと、言葉で、行動で兄貴のことが好きだって、大切だって、愛してるって伝えてくれたから。……弟としては悔しいけどな」
秋人クンはこう言ってくれたけど、私はほんの少し、背中を押しただけで。家族にはきっと叶わない。
「それで~?怖い、だけが避けてた理由じゃないよね~?」
「………ぐび」
「ちょっと彩歌」
一気に酒を呑んだら、このむしゃくしゃした気持ちも忘れられるかと思ったが、アルコールの力でも無理そうだ。むしろ気持ち悪くなってきたような……。
「私は、何もできなかった。智夏クンは私を守ってくれたのに。私は智夏クンを守れなかった。それが悔しくて、情けなくて、恥ずかしい。……智夏クンに合わせる顔がないっス」
「でもあんた」
「でも彩歌さん」
「「明日ライブで会うよね(な)?」」




