怒る
崖崩れがおきて、周辺一帯を立入禁止にするということで、夏の別荘旅行はそのままお開きになった。
この旅行の主目的であった両家顔合わせは、肝試し大会の準備の間にいつのまにか済ませていたというか、むしろ仲良くなっていたので、目的はもうすでに果たしていたといえる。けれど、冬瑚やマリヤに思い出をもっと作ってあげたかったな……。
と、病院で手当てを受けていた間につらつらと考えていた。
「崖から落ちてこの程度の怪我で済むなんて本当に奇跡だよ」
「運に救われました」
俺は切り傷と打撲、彩歌さんも打撲が少し。
「彩歌さん、もう一人の怪我人は本当に打撲だけでしょうか?他にどこか怪我を……」
「彼女の方もしっかり検査したけど、本当に打撲だけだよ。怪我の具合で言うなら君の方がひどいからね。もうこれを言うの3回目だよ」
お医者さんから手当てを受けている間、何度も彩歌さんの怪我の具合を聞いているわけは、病院に着いてからは一度も姿を見ていないからである。
隣の診察室で同じく手当てを受けているようであるが、姿が見えない分、心配が募っていく。
「――大丈夫だよ、智夏クン」
キィィィ、と古びた扉が開き、診察室に現れたのは彩歌さんだった。
「彩歌さん!良かった……」
「私の怪我は本当に大したことないよ。智夏クンが庇ってくれたおかげ。ありがとう」
「……彩歌さん、大丈夫?」
「だから、大丈夫だって」
「違う。そうじゃなくて、」
怪我の具合もそうだけど、様子がおかしいのが気にかかった。最初に見たときは動揺しているせいかと思っていたのだが、話してみてどうにもそれだけじゃない気がしてきた。
もどかしい!なんかこう、違和感はあるのに、言語化しようとするとうまくできない!
「彩歌さ、」
「大丈夫だって言ってるでしょ!……っ、ごめん」
驚いた。彩歌さんがこんなに強い口調で怒るなんて初めてだ。
そして驚いたのは俺じゃなくて彩歌さん本人もだった。
この日から、俺は彩歌さんに避けられるようになった。
「避けられるようになった、じゃないわよ!」
「うぉわ!なにしようとしてんだ!」
「頭が空っぽなチーちゃんに拳骨しようとしてるの!」
「エレナの拳骨は頭蓋骨が粉々になるだろ!」
「カルシウムが足りてないのよ!」
「そういう問題!?」
受験勉強の補習&学校祭の準備で、夏休みであるにもかかわらず、こうして学校に来たわけだが。
着いて早々、エレナに捕まり、こうして命がけの尋問を受けている。
「私の家の別荘で怪我をさせてしまったことは謝るわ。管理がなってなかった。危険な目に合わせて、ごめんなさい」
エレナが謝るが、あれは自然災害だからしょうがない。幸い、軽いけがで済んだことだし。
「俺も彩歌さんも軽傷だったから」
「怪我は軽くても、その後の関係に亀裂が入ってたら罪悪感も湧くわよ」
「き、亀裂……」
他人からこんなにはっきりと言われるとさらにダメージが……。
「で、この5日間、会えてないの?」
「会えていないどころか、連絡も取れてない。エレナは?」
「私は昨日、話したわ」
「そっか……」
やっぱり避けられてるのは俺だけ、か。
「元気そうだったか?」
「元気は無さそうだった。いまのチーちゃんみたいに」
元気だった、と言われたらそれはそれで落ち込んだかもしれないが、元気が無さそうだったと聞くのもなかなかに辛い。その原因が十中八九、自分であることは間違いない。
「俺に出来ることって、なんだろうな」
避けられているのに、無理やり押しかけるのは良くないだろうし。けれど、このまま離れたままなのは嫌だ。
「まぁ、今回はチーちゃんが100%悪いわけでもないみたいだし、待つしかないんじゃない?」
「待つだけ、か」
でも、明日会うんだけどな?ライブで。




