万年早い
矢印で誘導されていた道は危険な枝などが切られていて、わりと安全な道だったのだが、少しそこから逸れるだけで虫やら枝葉やらが行く手を阻む。
「そこ、枝が尖ってます」
「わ、ほんとだ。ありがと」
香苗ちゃん(と多分彩歌さんのお母さん)がいると思われる地点は大体目星がついているが、それの背後に回ろうと思うとなかなかに危険なルートに行かざるを得ない。彩歌さんが怪我しないように細心の注意を払いつつ、慎重に進んでいく。
「………彩歌さん、見つけましたよ」
「!」
懐中電灯を消して、香苗ちゃん達の様子を窺う。
「やっぱり母さんもいたっスね」
「いつの間に仲良くなったんでしょう」
ここから香苗ちゃん達がいる場所まで少し離れているが、内容まではわからないものの、ここまで楽しそうな声が聞こえてくる。
香苗ちゃん達に気付かれないように、忍び足で徐々に近づ――ヤバい!
「あれ?いま誰かに見られてたような……」
「あらやだ、怖いこと言わないでよ香苗ちゃん!」
「う~ん。気のせいだったみたい」
咄嗟に彩歌さんを腕の中に隠して茂みに隠れて正解だった。香苗ちゃんはこういう勘は野生動物並みに鋭いからな。ここからはさらに慎重を期さないと。一瞬の気のゆるみでバレる!
香苗ちゃんの意識がこちらから逸れたことを確認し、息を吐きだした。
「ぁ、~っ」
「すみません、バレたらいけないと思って」
腕の中でもぞもぞと動いた彩歌さんをそっと解放する。
「だ、大丈夫っス。ちょっと心の準備が間に合わなかっただけで」
「うん?」
心の準備?……あ、驚かせる心構えってことかな。
「ここから先は声を出したらバレるので、静かに行きましょう」
こくりと彩歌さんが頷いたのを確認して、暗い森を進んでいく。
俺がこの森の大体の大きさを把握しているのは何故かというと、小学生のときにここに来たことがあるからだ。来たのは一度だけだったが、しっかりと記憶に残っている。おかげで迷うことなくここまで来れたが、これから先はいかに香苗ちゃんにバレずに進めるかが肝だ。
彩歌さんがジェスチャーで指をスススと動かす。
『私は母さんに行くから、智夏クンは香苗ちゃんね!』
『了解です』
2手に分かれて、同時にそれぞれを驚かせに行くことになった。
ずっと傍にあった温もりが消えて寂し……、って子どもか!ほんの少しの間くらい我慢できるだろ!
「そうなの~冬ちゃんがね~」
「娘の成長は早いわよね~」
2人とも、アメリカの有名なホラー映画の人形の格好をしている。まるでハロウィンだな。
彩歌さんとアイコンタクトで合図をし、同時に仕掛ける。
「「う~ら~め~し~や~」」
香苗ちゃんの背後まで忍び寄り、耳元でそっくりそのまま、やり返した。
「「キャーーーーー!!!」」
「やったー!ドッキリ大成功!」
暗くてもわかるほどに満点の笑顔ではしゃぐ彩歌さん。
「こら彩歌!心臓が口から飛び出るかと思ったでしょっ!」
「最初に驚かせてきたのは母さんたちでしょ」
「母さんたちはいいのよ~」
鳴海親子がほわほわと揉めている状況を眺めていたが、ふと気づく。いつもなら真っ先に騒ぎそうな香苗ちゃんが沈黙を保っていることに。
「香苗ちゃん?」
してやられたー!って悔しがると思っていたのだが、チャ〇キー人形のコスプレをした香苗ちゃんは俯いたまま。しかも少し震えている。これはもしかして、泣いてる!?
「ごめん。そんなに驚くとは思ってなくて……」
「ぷっ、くくくっ」
あれ?もしかして笑ってる?
「ねぇ夏くん」
「は、はい」
「私から一本取ろうなんて百年、いや万年早いのよ!」
そう言って見せられたのはスマホの画面。そこには俺が神妙な顔で香苗ちゃんの背後に忍び寄り、驚かすまでの一連の流れが映っていた。
「これはまさか」
「スマホの内カメラで動画を撮っておいて正解だったわ~。や~おもしろい」
「し、……してやられたー!」




