元カレの王子様
「ゆ、ゆユYゆゆっ、幽霊!?」
イヤー!!!こわー!!無理ー!!
むりー、むりー、むりー
「彩歌さん落ち着いて。とりあえず、ただいま」
彩歌さんの絶叫が響き渡った夕方。
「はっ!おかえりなさいっス!暑い中、ご苦労様でした」
買い物袋を彩歌さんが秋人から受け取ってくれた。
「た、ただいま」
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
秋人はまだ彩歌さんに「ただいま」を言い慣れないようで、ぎこちないながらも挨拶する姿は見ていて微笑ましい。冬瑚の適応力の速さは言わずもがな。
この瞬間はほのぼのとした空気が俺たちの間に流れたが、風で木々が揺れる音が聞こえると再び冬瑚と彩歌さんが震えあがった。
「いっ、いまガサガサって!」
「ひょーーー!」
どんな叫び声。
手洗いをしに玄関近くに設置された洗面所に移動している間も冬瑚は四方八方を警戒していた。その姿はさながら暗殺者に命を狙われた人かのよう。
いつまでたっても洗面所に入ってこようとしない冬瑚に声をかける。
「冬瑚」
「わぁ!?!?」
「うお!?名前を呼んだだけでそんなに驚かなくても……」
逆に驚いたじゃないか。
「何がそんなに怖いんだよ?」
秋人が呆れながら冬瑚に聞いた。それは俺も気になっていたところだ。
「いるかいないのかがわからないのが怖いの!」
「はぁ~?あー、あれか。虫みてぇなもんか」
「虫は怖くないもん!」
いるかいないのか、気配は感じる、羽音は聞こえるのに、姿は見えないあの恐怖。
幽霊を虫扱いする秋人、強い。
でも俺も幽霊より、ゴから始まってリで終わるあの人類の敵の方が嫌だな。
「さっさと手を洗わないと置いてくぞ」
「やだー!ちょっと待ってて!」
秋人の無情な言葉に冬瑚の足がようやく動いた。
が、手を洗っているときはずっと目をつぶる冬瑚。
「目をつぶったら手を洗えないだろ」
「だって鏡が怖いんだもん!ユーレイが後ろに立ってたらどうするの!」
えぇー。
鏡でいちいち怖がってたら普通に生活できないぞ。これは俺からいい解決法を授けてやらないと。
「後ろに立ってたら、お先にどうぞって順番を譲ってあげたらいいよ」
「順番待ちで後ろに立ってるんじゃないよ!驚かすために立ってるんだよ!」
「え、そうなの?」
順番待ちするために後ろに立ってるんじゃないのか。驚かすためならいきなり目の前に出てきた方が、後ろにひっそり立ってるより驚くんじゃないのか?うーん、わからん。
「彩ちゃーん!夏兄も秋兄もわかってくれないよー!」
あ、逃げられた。
洗面所で秋人と2人残されて、ぽそっと秋人が零した。
「兄貴は幽霊って信じてるか?」
「信じてない」
「だよな」
「秋人は?」
「僕も信じてない。だって死んで幽霊になれるなら、春彦は絶対会いに来てくれたもんな」
「そうだな」
あの兄が幽霊になって会いに来ないということは、この世に幽霊なんていないということだろう。
夕食後。
特にやることもなくだらだらと過ごしていると、マリヤが「そういえば」とおっとりと話し始めた。
「昔々」
おとぎ話か?
「だいたいここら辺の森にお姫様と王子様が住んでたらしいんだけどね」
なにその取ってつけたような雑設定。だいたい、ここ日本だし。お姫様と王子様って、誰が信じる……。
「へぇー!そうなんだ!」
冬瑚……。
「2人はラブラブでお城の中で楽しく暮らしてたみたいなんだけど、それをよく思わなかった隣の国の王子様にお姫様を奪われちゃったの」
「えー!お姫様かわいそう!」
「でもお姫様は面食いで、隣の国の王子様の方がイケメンだったから、すぐに乗り換えちゃったの」
「えー!元カレの王子様かわいそう!」
元カレの王子様て。
「元カレの王子様はそんなことは知らなかったから、お姫様を助けに行こうとしたんだけど、失敗して殺されちゃったの」
「そんなー……」
あれ?おとぎ話じゃなかったのか?急にドロドロの血生臭い展開に……。
「殺される直前にね、お姫様と隣の国の王子様がイチャイチャしていたのを見ちゃってね。元カレの王子様は彼らに復讐を誓ったわけなのです」
「キャー!元カレの王子様頑張れー!」
なんつー話ですかい。小学生に聞かせる話じゃないぞこれ。
「それで元カレの王子様は幽霊になって隣の国をお姫様たち諸共滅ぼしてしまったの」
「わお」
これがざまぁ展開ってやつか。
「それでも怒りは収まらなくて、7つの国を滅ぼし、3つの海を火の海に変えた後で、4人の勇者たちに封印されたの」
「にゃんと」
急に話の方向性が変わったな。冒険RPGの冒頭じゃないか。
「それでね、封印が最近弱まってきてるらしいのよ」
「えっ!?」
「ここの森の奥に元カレの王子様が封印されし岩があるから、ちょっと確認してきてくれる?」
「え!やだやだ怖いよ!」
おっとこれ以上は聞いてはいけないな。逃げよ。
「それじゃあ俺はお風呂にでも」
「僕は明日の朝ごはんの下ごしらえでも」
「私は、あの、その、瞑想でも」
俺、秋人、彩歌さんがそれぞれ逃げの体勢に転じたが、時すでに遅し。
「ちょうどここに4人の勇者がいるじゃない。4人でいってらっしゃい」
テレレテッテッテ~




