男の足跡
夏といえば。
「と、冬瑚……」
「やだ!むりむりむり!」
「もうすぐ着くから我慢しろ、兄貴」
「でも息が……」
「エラ呼吸で息すれば問題ねぇ」
「問題しかねぇですわ」
彩歌さんとマリヤを2人きりにするため、弟妹を連れて買い物に出て、帰路に就いたまでは良かった。問題はその帰り道、鬱蒼と生い茂った森の小道を歩いて帰っていたとき。
別荘が目視で確認できる距離まで近づいたとき、それは起きた。
最初に気付いたのは冬瑚だった。
「いま葉っぱが動いたよ」
「野生動物でもいるんじゃねぇの?」
「動物さん!?」
秋人の返事に目を輝かせた冬瑚が、音がしたという茂みに近づいていく。
「動物さー、ん?」
茂みを覗いて首を傾げる冬瑚の様子が気になって、買い物袋を肩にかけ直して妹の隣にしゃがんで覗き込む。
「これは……足跡?」
冬瑚が覗いていた茂みには動物はおらず、代わりにあったのは大きめの足跡だった。
「大きさ的には大人の男の足跡だな。足跡はまだ新しいけど、周囲にはもういないみたいだ。さっき冬瑚が聞いた音はこの足跡の男が逃げた音かもな」
後ろから覗いてきた秋人が分析をし始めた。なるほどな、でもそれっておかしくないか?
「この足跡って俺より大きいよな」
「そうなの?」
「ほら」
茂みの中に入って、足跡の隣に立つと俺よりも少し大きい足の持ち主であることがわかる。
「ほんとだね」
茂みからササっと出て、額に流れ落ちた汗をぬぐう。
「この道を歩いた先にはエレナの……俺たちがいた別荘しかない、よな」
「うん。ここら辺の土地ごと所有してるって話だったし」
「むぅ?」
秋人と顔を見合わせ、事実をすり合わせていく。
「つまり、俺たち以外に男はいないはず」
俺と秋人以外に男性陣は別荘には来ていないし、女性陣の中にも俺より足の大きな人物はいない。
暑さによるものではない汗がたらりと落ちた。
「しかも森の中にいるって、明らかにおかしいよな」
「別荘を管理してる人だとしても、こんな森の中は歩かないだろうし」
すぐ横に小道があるというのに、森の中を歩く理由がない。つまりこの足跡の持ち主は……。
「も、もしかして」
「不審s」
「いやーーー!ユーレイだーーー!」
「「へ?」」
俺たちの話を聞いていた冬瑚が血相を変えて茂みから飛び退いた。
「怖いよー!キャー!!」
飛び退いた勢いそのままに俺の方に一目散に走ってきたと思えば、お猿さんもびっくりのスピードで俺の体をよじ登り、顔に抱き着くような形で叫びだした。
「ちょ、冬瑚!?」
よろけた俺を後ろから秋人が支えてくれて、なんとか倒れることは阻止したが、飲み物が入った買い物袋をそのまま持ち続けることは難しく、秋人に渡した。
その間も冬瑚は恐怖のあまり叫び続けている。ものすごい高音に鼓膜が破けそうだぜコンチクショウ。
「逆肩車だな」
誰がうまいこと言えと。
肩車ならまだいいさ、なんせ前が見えるし息がしやすいからな!でも今は視界ゼロ!そのうえ冬瑚がぴったりとくっついてくるから暑いし息がしづらい!
どうにかして冬瑚をひっぺがさなければ。
「冬瑚、あれが幽霊だったら足跡なんてつかないだろ。足ないんだし」
「足があるユーレイかもしれないでしょ!」
「そ……、それはそうかもしれないけど」
「ヒィーーー!やっぱりユーレイなんだー!!」
おぅふ。
まるで超音波のような高音攻撃に耳を塞ぎたくなるが、冬瑚が落ちないように両手を使って支えているため塞ぐこともままならない。
ということがあって、俺は冬瑚を逆肩車しながら別荘まで帰ってきた。
「みんなおかえ、り?」
玄関まで迎えに来てくれた彩歌さんが戸惑いながら俺たちを見ている気配が声から伝わってきた。
「あらあら、仲良しさんね~」
「これを「仲良し」と言える母さんは大物だな」
仲良しといえば仲良しともいえる……のか?
いくら仲良しといえど、さすがにもう体力が限界だ。
「冬瑚、ほら別荘に着いたからもう怖くないだろ?」
玄関にしゃがんで、冬瑚を床に下ろす。
「……うん」
今度は大人しく離してくれた。
「何か怖いことでもあったっスか?」
「うん。あのね……」
彩歌さんが冬瑚から事情を聞いて、悲鳴を上げるまであと数分。




