許すことは
4人でプールで遊んでいる間、マリヤは退屈しているのかと思ったが、俺たちの写真を撮るのに大変忙しそうで、そして満足そうだった。
その後、3人(俺とマリヤを抜いた)で昼食を作ってくれたので、みんなで美味しく食べたのだが、気になることがひとつ。
マリヤと彩歌さんが、始めに話したとき以来、話をしないことだ。
気まずくて喋れないというならばわかるのだが、俺が見るにお互いに話したそうにチラチラとタイミングを窺っているような、そんな印象を受けた。
それなら。
「もうすぐ飲み物が無くなりそうだから買ってくるよ。秋人と冬瑚も一緒に行こう」
「はーい!」
「いや僕は……あーうん。そだな、僕も行く」
必死のアイコンタクトが通じたのか、秋人も行くということで、そそくさと準備をして片道30分はかかる商店に3人で向かうことにした。
これで家には彩歌さんとマリヤの2人だけ。
「気を付けてね」
「行ってらっしゃいっス~」
「「「行ってきまーす」」」
――――――――――――――――――
「「「行ってきまーす」」」
ガチャリと大きめのドアが閉まり、賑やかな3兄弟の声が遠ざかっていく。
「せっかく2人になったのだから、お茶でもしながらお話ししましょうか」
智夏クンを産んだ女性。お母さんって呼ぶべきなんだろうけど、智夏クンたちにしたことを考えたらどうしても呼ぶ気にはなれなかった。
私がお湯を沸かしている間に、マリヤさんが慣れた手つきでティーポットに紅茶の茶葉を入れていく。
「慣れてますね」
「病院でね、たまに淹れてて。みんな「美味しい」って言ってくれてるから、飲めなくはないと思うのだけど……」
そういえば。
昼食を作っているとき、智夏クンとマリヤさんが参加していなかったのを思い出した。
「私ね、お料理がそれはもう下手なのよ」
「なるほど」
どうやら智夏クンの料理下手は遺伝らしい。あれを料理下手と言っていいのかはわからないが。
「けれど昔から、お茶を淹れることだけは得意だったわ。さぁできた。あちらのテラスで頂きましょ」
テラスからはさっきまで遊んでいたプールが見えた。キラキラと太陽を反射して輝く水面を見ながら、マリヤさんと2人で紅茶を飲む。
どうしよう、聞きたいことはいっぱいあるのに、どう切りだせばいいのかわからない……!せっかく智夏クンが2人きりにしてくれたのに!
「彩歌さんは、私が子供たちにしてきたこと、聞いたのよね?」
「っ、はい」
優雅に紅茶を飲んでいたマリヤさんが音もなくティーカップを置いて、確認してきた。まさか最初にそれを聞かれるとは思ってもいなくて、危うく紅茶を吹き出しかけた。
マリヤさんが智夏クンたちにしてきたこと。
智夏クンのお兄さんが亡くなってすぐに家を出て行ってしまったと。それをきっかけに父親から智夏クンは言葉や力による暴力を受け続けてきたこと。香苗ちゃんに引き取られてからも、騒動があったことは知っている。
「あんなに酷いことをしたのに、なんでまだ母親面してるんだ、って思うわよね」
「いいえ」
まさか否定されるとは思ってもいなかったようで、綺麗な青い瞳をまん丸にして私を見ていた。この驚いた表情とか、笑ったときの雰囲気とか、智夏クンにそっくりだ。
「智夏クンも秋人クンも冬瑚ちゃんも、みんなマリヤさんを「お母さん」として見ています。そしてマリヤさんは愛情のこもった表情で子どもたちを見ていた。それはもう、普通の親子となんら変わりないっス」
それに私は外野の人間だから。私に口を出す権利はない。
「そこに彩歌さんが入っていないわ」
「え?」
「彩歌さんも家族でしょ?あなたの気持ちも大事だわ」
そっか。マリヤさんは私を家族として認めてくれているんだ。でも、私は……。
「私は、マリヤさんを許すことは、できません……」
他人だからこそ。血のつながりが無いからこそ。智夏クンを愛しているからこそ。
どうして愛する人を傷つけた者を許すことができようか。
「ありがとう、彩歌さん」
許さないでくれて、ありがとう、と。そう言われたような気がした。




