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愛の力



『私は智夏クンに、この傷を克服してほしいと思ってる』


その言葉を聞いて、息が詰まった。それは俺が自分の体に残る傷を見るたびに思っていたことで、その度に諦めていたことだったから。


忘れられるはずがない。あの地獄のような日々を。


克服なんてできるわけないと、半ば諦めていた。俺自身が諦めていたのに、彩歌さんは諦めるどころか、嫌われても構わないという覚悟で挑んでくれた。


そんな、そんな決死の覚悟で挑んでくれた彩歌さんに俺は……、俺ってヤツは……!


恥ずかしがってんじゃねーよ!!!


最初は彩歌さんに傷を見られるのが怖かった。けど、彩歌さんが指先で傷跡をスーッとなぞっているのを見てたら、なんだか恥ずかしくなってきたんだからしょうがないだろ!恥ずかしいというか、ぞわぞわふわふわするというか、ゾクゾクというか……。言語化できない感情が奥底から湧き上がってきて、もうどうしようもなくなったのだ。


やっとの思いで彩歌さんの手を止めても、彩歌さん渾身のうっかりが発動するし!


プールの中で泳いでいる彩歌さんと冬瑚を、パラソルの下からボーっと眺めながら思いを馳せていると、休憩がてら秋人がやって来た。


「ずいぶんイチャこらしてたなー」

「うっ……」


やっぱりあれだけはしゃいでたら、バレてるよな。兄としての面目……は元からないか。


「秋人には昔から情けない姿ばっかり見せてるな」

「たしかに」


そこは嘘でも否定するところでは……。


「兄貴はたしかに情けないし、押しに弱いし、料理できないけど、」


本当に、ダメな兄貴ですみませんね。


「誰よりも強い」


その言葉に、励ましの色も、世辞の色もなくて。ただただ事実だと思ってることを言っているようだった。


「強くないよ。俺が強かったら、こんな傷、すぐに克服してたはずなんだ。なのに今でもずっと、忘れられずにいる」


ある人には、この傷は『頑張ってきた証』だと言われた。そういう見方もできるのかと思った。でも、そんな綺麗な見方はできなかった。思い出すたびに心の奥底からドロドロとした醜い感情が溢れだしてしまう。


「忘れることが、克服なのか?」


だ、だって、忘れる以外に傷に囚われない方法を俺は知らない。


「忘れることも克服するってことなんだろうけど。でも、それだけじゃないと思う」

「それだけじゃ、ない……」


たとえ、そうだったとして、俺はどうすればいいのだろうか。


傷跡の上に手を置いて、考える。そういえば、ここはさっき彩歌さんがなぞってた傷跡……~っ!


思い出したらまた顔に熱が集まってきた。


手でぱたぱたと仰ぎながら、赤くなった顔を冷ましていると、隣で秋人が笑っていた。


「な、なんだよ?」

「いや~、愛の力ってすげぇんだなって思ってさ」

「は?」

「いつもだったら傷を見た後は暗い顔してんのに、今は真っ赤じゃん」


言われてみれば、たしかに。いつもなら傷を見て、父だったあの男を思い出して、気持ちが沈んでいたのに。今はこの傷を見たら真っ先にさっきの彩歌さんの姿が思い浮かんだ。


父のことなんて、思い出す暇もなかった。


「忘れるだけが克服じゃない、か」


傷を見て彩歌さんを思い出すのは当分の間だけかもしれない。でも。


父を思い出さなかったことで、自信が生まれた。これから一生、この傷に、父に囚われることはないのだと確信した。


俺はこの傷を、克服できる。


「智夏クーン!こっちおいでよ~!」

「秋兄も早くー!」

「「はーい」」


彩歌さんと冬瑚の元へ、大切な人たちの元へ歩みを進めた。







その時の俺は思いもしなかった。まさかあんなことになるなんて。


「――彩歌さん!!!」


~執筆中BGM紹介~

劇場版 メイドインアビス-深き魂の黎明-より「Forever Lost」歌手・作詞・作曲:MYTH & ROID様

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