日焼け止めでうっかり
前半は彩歌視点、後半は智夏視点に戻ります。
いつも笑顔の智夏クン。ピアノを弾いているカッコいい智夏クン。家族を大切にする智夏クン。私を愛してくれる智夏クン。
私が見てきた智夏クンはどれも幸せそうだった。
いや……それだけじゃなかった。苦しそうな表情を見せることもあった。それは決まって智夏クンのお父さんの話をするときや、思い出したとき。
思い出すたびに、苦しそうに痛そうにしている君を、このまま放っておけない。黙って見ているだけなんてできないよ。
「さ、、、さん」
たとえ大好きな智夏クンに嫌われたって、これから君がこの傷に、傷を作ったお父さんに囚われることがなくなるなら。私は……。
「彩歌さん……!」
そのとき、智夏クンの震える声が聞こえてきて、傷跡をなぞっていた手を智夏クンの大きな手が掴んで止めた。
嫌われたってかまわないと思っていたくせに、智夏クンがどんな顔をしているのか見るのが怖くて見れなかった。
「彩歌さん、もうやめて……」
「智夏クン、でも!……ありゃ?」
智夏クンに「やめて」って言われたけど、このままじゃきっと良くない!って思って咄嗟に顔を上げたら、そこにはびっくりするくらい顔が真っ赤になって、若干涙目になった智夏クンがいた。
「これ以上はもう……」
ぷしゅー、と頭から湯気が上がりそうなほどに真っ赤な智夏クンに、呆気にとられた。だって、てっきり嫌われたと思ってたから……。
「傷は……?」
「傷どころじゃないです」
「ということは、私が傷の恐怖を上回った……?」
「そ、そういうことになりますね」
相変わらず赤いままの智夏クンの頬にそっと手を添える。
「私のこと、嫌いじゃないっスか?」
「……!嫌いだったらこんなに赤くならないですよ!」
「好き?」
「好き!」
自分の咄嗟の答えにさらに顔が赤くなってしまう智夏クン。
好きだって。嫌いになってないんだって。
「よ、良かった~……」
あんなに素直に好きって言ってくれる私の彼氏は最高に可愛いなぁ。
安心したら本来の目的を思い出した。サイドテーブルに置いていたアレを手に取り、中身を出す。
「彩歌さん?その手のものはいったい……」
「日焼け止めだお?」
「わお」
諦めてないからね?
ペイっと智夏クンのパーカーを強奪し、ビーチチェアーに強制的に寝かせた。
よし、準備完了っと。
「えい」
意外とある肩幅にドキッとしつつ、むくむくと湧き上がる悪戯心に勝てず、日焼け止めが温かくなる前に無防備な背中の真ん中にぺちゃっと日焼け止めを垂らしていた右手を押し付けた。
「つ~ッッッ!」
「オーッホホホホホホ!」
いっけね。智夏クンのリアクションが良すぎてつい悪役令嬢風の高笑いが出てしまった。
「お客さーん、かゆいところはありませんか~?」
「ないですよー」
「え~?じゃあココだ!……わあ!」
脇腹こちょこちょをしようと思ったら、日焼け止めでうっかり滑ったっス~!
――――――――――――――――――
「え~?じゃあココだ!……わあ!」
「なっ!?」
うっかり滑った彩歌さんが俺の背中にダイブしてきて、受け止めることもできずにそのまま彩歌さんの上半身が俺の背中に乗る形になったわけだが。
ということはつまりこの背中に感じる温かく柔らかな感触は彩歌さんのお……。
「さ、彩歌さん大丈夫?」
「智夏クンごめん!ちょっと動かないで!」
「はい!……どこかぶつけました?」
「そうじゃないの!ただ、今の衝撃でビキニの紐がほどけちゃったみたいで……」
胸部装甲の紐がほどけた、だと……!?
彩歌さんがいま必死に紐を結び直しているため、俺は身動き一つとれずに岩のようになるしかない。俺は岩。I am Iwa.
岩に自我はなく、ただひたすらにそこにあるのみ。そう俺は自然と一体化するのだ。いまなら山にだってなれる。山といえば彩歌さんの胸も結構大き……、3.141592653589723
何も考えるな何も感じるな俺の背中には何も乗っていない。
「結び直したっス!いや~、ごめんね智夏クン!重かったでしょ?」
「いいえ、あと百人乗っても大丈夫です」
「物置?」
ラッキースケベなんて、そんなもの二次元だけの話じゃなかったのかよー!!!
~執筆中BGM紹介~
月姫-A piece of blue glass moon-より「ジュブナイル」歌手:ReoNa様 作詞・作曲:毛蟹(LIVE LAB.)様




