なぞる
本編再開です!
「じゃあ次は、智夏クンの番!」
俺が彩歌さんの背中に日焼け止めを塗って、さぁプールに行こう!と息巻いていたのだが。
「……え?」
俺の腕を意外に強い力で引き留める細腕。
自分だけ恥ずかしい思いをするのは御免だと言わんばかりの笑顔。
指さすのはさっき彩歌さんが寝そべっていたビーチチェアー。
「いいから寝るっス!」
「はい!」
しまった。つい反射的に応じてしまった。
ちなみに俺はいま、海パンと水に塗れても大丈夫な薄いパーカーを着ている。だから日焼け止めを塗る余地なんて……。
「上、脱ぐ。そこ、寝る」
カ、カタコト!
彩歌さんが塗られたときより緊張しすぎて、日本語が不自由になっている。それほど緊張するならやらなければいいものを……。
「彩歌さん、無理しなくていいんですよ」
「だって……。私だけ恥ずかしい思いをするのは不公平っス!それに、」
「それに?」
「私だって智夏クンに触りたい!」
触りたい!触りたい!りたい!たい!い!
さすが声優。声が綺麗にこだましている。
こだまするということはつまりそれなりに大きい声だったわけで。
マリヤの「あらまぁ」という表情と、秋人の「何やってんだバカップル」という視線と、冬瑚の「アイス食べたい!」という欲求が俺たちに向けられた。
冬瑚はともかく、他2人には俺たちが日焼け止めを塗り合っていたこと(まだ片方だが)がバレてしまった。
俺はもう諦めがついてしまったが、彩歌さんのお顔はもう真っ赤っかだ。熟したトマトより赤いかも。
「……ひーん」
「大丈夫ですよ、冬瑚には意味が伝わってませんから」
「冬瑚ちゃん以外には醜態をさらしてしまったということっス!絶対変な人だって思われたー!」
「思われてない。思われてないよ」
「じゃあ塗らせてくれる?」
おや?どうしてそうなった?俺の知ってる「じゃあ」の使い方とだいぶ違うぞ?
「私の日焼け止めが塗られたくないって言うっスか」
俺の注いだ酒が飲めねぇってのか、みたいな言い方!嫌な上司か!
ここまできても諦める気が無い彩歌さんに、言いたくはなかったが本当のことを言う。
「そのー、なんていうか」
「うん」
「俺の体、あんまり見せられるものじゃないと言いますか……」
「智夏クンが見せたくないなら、見られたくないなら無理にとは言わない」
彩歌さんに見せたくない。
悲しい顔はさせたくない。父に暴力を受けていたことは話したから知っている。でも、知っているのと実際に見るのとじゃ大違いだ。
家族に見られたくない。
マリヤが見たら、きっと自分を責める。そんなことは望んじゃいない。いまの楽しい雰囲気を壊したくないんだ。
それに、見られるのは怖い。傷を暴かれるようで。まるで自分の弱い部分をさらけ出すみたいで。
「俺は……」
それでも、受け入れてほしいと思ってしまう。拒絶しないでくれと願ってしまう。
そんな俺の心を知ってか知らずか、彩歌さんは俺のパーカーのチャックに手をかけ、静かに下げていく。
「例えばこの先、結婚して子どもが生まれたとして、」
「へ?」
いきなりなんの話を……?
「私は家族みんなで海やプールに遊びに行きたいっス。浜辺で砂遊びして、子どもが少し大きくなったら海やプールで一緒に泳いで」
ごくありふれた、けれどだからこそ幸せな家族の姿。それを語る彩歌さんの目はどこまでもまっすぐに俺を見ていた。
「私は智夏クンに、この傷を克服してほしいと思ってる」
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「私は智夏クンに、この傷を克服してほしいと思ってる」
自分でもひどいことを言っていると思う。
こういうとき、普通は優しい言葉をかけてあげるのかな。慰めてあげるのかな。
パーカーのチャックを下げるだけで、その体に刻まれた傷跡が見えた。小さなものは、多分もうきえてしまっているけれど、大きな傷はまだ残っている。それだけ深く傷つけられたのだろう、身体もそして心までも。
指先で傷跡をなぞると、智夏クンが少し震えているのが分かった。
「嫌なら突き飛ばして」
チャックを最後まで引き下げたが、智夏クンは私を突き飛ばさなかった。
体に残るこの傷は、いつかは消えるかもしれない。でも、心の傷は?一生こうやって、怯えて、隠して暮らすの?
そんなこと、許さない。
たとえこれで私が智夏クンに嫌われたとしても、私は……!
~執筆中BGM紹介~
ONE PIECE FILM REDより「新時代」歌手:Ado様 作詞・作曲・編曲:中田ヤスタカ様




