番外編 変化
「お前ら席に着けー」
教室のドアを開けて、廊下に待たせている御子柴が生徒たちに見えないようにササっと閉める。
あちこちに固まって喋っていた生徒たちがガタガタと音を立てて席に着き、全員が期待の眼差しで俺の顔を見る。こんなにキラキラした目を向けられたのは、このクラスの担任になって初めてかもな。
「ねぇヨシムー。転校生来るって本当!?」
先陣切って、噂になっていた転校生について聞いてきたのは、一番前の席に座る井村。こいつは演劇部だけあって声が大きいし、ハキハキ喋る。なにより、人との距離感を掴むのがうまい。人間観察に長けているのだろう。
「どこのクラス?」
井村に続いて質問してきたのは田中。どこか達観していて、クラスメイトとの仲は良好だが、特定の友人は作っていないみたいだ。それに部活にも入っていないのは、下の兄弟が多くて面倒を見るためか。
「女の子?」
この下心満載の質問は成績1位の鈴木。成績は良いのに馬鹿。古来より足の速い奴と頭のいい奴はモテるという言い伝えがあるが、あれはこいつには通用しないらしい。彼女が欲しいと言えば言うほど女子が離れていく悲しい運命を背負っている。
「先生は聖徳さんじゃないのでいっぺんに聞き取れませーん。質問は後からで。今はもっと重要なことがあるから。入ってきてー」
こいつらの質問は全部、御子柴が教室に入れば解決することだ。
生徒全員が一斉に教室前方のドアに注目してる隙に、黒板に『御子柴智夏』と名前を書く。画数が多いため、わりと時間がかかったのだが、その間はずっと沈黙のまま。生徒たちも、御子柴も。
後ろからコソッと「自己紹介してくれ」と御子柴に話すと、ようやく口を開いた。そういえば「合図したら入って来てくれ」とは言ったが、「自己紹介をしろ」とは言ってなかったな。
こういうのは普通に学校に通っていればだいたいの流れはわかるもんだが、御子柴はその経験が得られなかった。それがわかっていたはずなのに。
配慮しようと思ってたのに、早速配慮が足りなかった。
「御子柴智夏です」
みじかっ!俺に挨拶したときはもう少し長く自己紹介してたよな!?緊張してんのか!?
「それだけ?他になんかないの?好きなこととか、趣味とか」
生徒たちも困惑しているのが伝わってきて、咄嗟に御子柴に質問をする、
「好きなこと、趣味……。ない、です?」
俺の馬鹿野郎ー!!!
配慮が足りねぇってさっき反省したばっかじゃねえか!それなのに趣味を聞くとかバカなんじゃないか!?趣味ができるような環境じゃなかったに決まってんだろ!
この答えでさらに生徒たちが困惑する。
こうして生徒と御子柴のファーストタッチは微妙な感じになってしまった。
「……まぁ人それぞれだよな。席は、あの猫みたいに目つきが悪い田中の隣なー」
「ちょっヨシムー酷くね!?」
「そんじゃ、HR終了なー」
あとは若者同士でどうにかするだろ。
なんせここは高校だからな。大人が介入する場面じゃないってこった。
帰りのSHで御子柴と生徒たちを教壇から見たが、どうやら特に田中と仲良くなったらしい。
本当に、良かった。
御子柴にとっても、田中にとっても、な。
それからは、御子柴は徐々にクラスメイト達と打ち解けていった。途中で色々、本当に色々あったが、3年生になった今では他のクラスの生徒や他学年の生徒とも交流があるようだ。
なにより、よく笑うようになった。
この時期の子どもは本当に成長が早いし、目まぐるしいスピードで変化していく。おっさんの俺には眩しいくらいだ。
御子柴を中心に他の生徒たちにも良い変化が現れており、田中は御子柴の他にもクラスの男子達とよく絡んでいる。活動的になったというか、ようやく学生らしくなったというか。後輩にけしかけられたにせよ、あの田中たちが集まって部活を作ると聞いたときには驚いたもんだ。
「でね~、冬ちゃんが肩揉んであげるって言ってね~」
「香苗、飲みすぎだ」
「だって~、こどもたちが可愛すぎるんだもん」
御子柴から突然、店の場所が書かれたメッセージが送られてきて、訝しみながら行ったら香苗がいたのだ。
「旭、最近モテるらしいじゃん?」
「あ”?」
「高校教師って、女子生徒から見たらカッコよく見えるんじゃないの?」
「高校生に手ぇ出すわけないだろ」
何をバカなことを言ってんだか。バーのマスターに頼んで、香苗に水を出してもらう。
「てことは、告白されたことはあるんだね」
「…」
ぎくり。
ま、まぁ……何回かはあった、けどよ。
「俺が靡かないのはお前が一番よく知ってるだろ」
「……………それずるい」
「大人はずるいもんだ」
ガキのときは香苗に振り回されてばっかりだったが、歳を取るっていうのも案外悪くないもんだな。
~執筆中BGM紹介~
Fate/EXTRA Last Encoreより「Bright Burning Shout」歌手:西川貴教様 作詞:田淵智也様 作曲:神前暁(MONACA)様




