首筋
「プールだー!」
テテテっと走りだし、そのままドっボーンと大きな水柱を立てて冬瑚が水面に飛び込んだ。
期末試験を無事に終えて、俺たちは夏休みに入った。
色々とやらなきゃならないことはあるが、とりあえず今は目の前のことを全力で楽しむことが、エレナへの礼儀だろう。
「冬瑚、ちゃんと準備運動をしないと危ないわ」
肩までバッサリと切り揃えた金髪に麦わら帽子をかぶって日差しを遮り、ゆったりとしたワンピースを着ている4人の子どもを産んだ母。
「お母さんは泳がないの~?」
「私はここで見てるわね」
母のマリヤと冬瑚と秋人と俺と……。
「香苗ちゃんが来れなくて残念っスね」
「仕事だからしょうがない。残念だけど」
隣には水着姿の彩歌さんがいた。
「夏兄たちもはやくー!!」
じりじりと暑い日差し、煌めくプール、大きな別荘。
俺たちはいま、エレナの家が日本に持っているプール付きの別荘に泊まりに来ていた。
遡ること1週間ほど前の終業式の日のこと。
「チーちゃん、最近どうよ」
エレナが突然、俺を人通りの少ない階段の下に呼び出したかと思ったらコレだ。
「なにが?」
若干俺の眉間に皺が寄ってる気がするが、エレナと話すと大抵こうなる。将来、眉間に取れない皺でもできたらエレナに抗議しよ。
「なにってこれよこれ」
と言って右手の小指だけを立ててニヤニヤ。
「その手」
「小指は日本では女性の恋人のことを指すって聞いたわ」
「そうだけど、やめなさい」
「えぇ~?」
まったく、こういうことをどこで覚えてくるんだか。
「彩歌さんとは、最近会ったよ」
「会っただけ?会っただけなら恋人じゃなくてもできるわ」
今みたいにね、と肩をすくめられる。
たしかにこの構図は恋人同士の逢瀬に見えるな。お互いに恋愛感情があればの話だが。
「そうだな、デートは最近できてない」
「やっぱりぱりぱりね」
ぱりぱり?
『ツキクラ』の劇場版が公開されてから、ヒロインの声優を務めている彩歌さんはあちこちのイベントに引っ張りだこになっていて、普段の倍は忙しくなっている。元々忙しい人だったから、さらに忙しくなってしまった。
この前、家に来てくれたのだって、仕事が急にキャンセルになったから。本当はあまり休息を取れていない彩歌さんには休んでほしかったのだが、本人的にあれで充分リフレッシュできたらしい。
ちなみにこの前のあれは家デートではない。なぜなら田中がいたからな!
「チーちゃん、昔うちの別荘に行ったこと覚えてるかしら?」
「別荘……?あー、プールがあったとこ」
「そう。あそこ、貸してあげるから、デートしてきなさいよ。あそこなら人目を気にせずイチャイチャできるでしょ?」
バチン、と華麗なるウィンクを決めるエレナ。いや、エレナ様にお礼を申し上げる。
「ありがたや~エレナ様~」
「くるしゅうないでござる」
ござる。
――――――――――――――――――――――
というわけでやって来ました、別荘!
「本当はデートのつもりだったんだけど」
いつの間にか家族がついてきてしまった。しかも、明日には香苗ちゃんと彩歌さんのご家族も来る予定。
「いつの間にか両家顔合わせの場みたいになっちゃったっスね」
「そうですね」
「それにしても智夏クンはなんでこっちを頑なに見ようとしないっスか?」
そ、それは……。
「もしかして、ビキニは嫌いだった?」
「いえ大好きです」
うん、返事を間違えたな。
「じゃあこっち見て」
「………ハイ」
ギギギ、と錆びたロボのようにぎこちない動きで隣を見る。隣に笑顔で立つ、オレンジのビキニ姿の彩歌さんを。
上がオレンジで下が黒のパンツのような水着。そこからスラっと伸びる白い肌。肩より少し長いくらいの髪を今日はポニーテールにして首筋に髪が数本垂れている。
布面積は比較的大きめであるが、所詮は布。普段の服装よりも体形が如実に浮かび上がる。そう、例えばビキニを押し上げる小さくない双丘、とか。太ももなんて大胆にさらけ出てしまっている。
男女で着替えのためにいったん別の部屋に行き、当然着替えの少ない俺と秋人が早々に出て先に待っていた。少し待つと、冬瑚とマリヤと……彩歌さんの姿が。
刹那の間に、色々と、その……色々と見えてしまって、これは直視できないと目を逸らし続けた。
「綺麗です。すごく」
こんな月並みなことしか言えなくなってしまうほどには、彼女はとても美しかった。




