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予約投稿したつもりが、まさかのうっかりミス!
迎えた日曜日。
「カラオケに行ってみたい!」という陽菜乃先輩の発言により、打ち上げ会場は駅前のカラオケ店に決まった。指定された時間の5分前にお店の前に着いたのだが、……誰の姿も見えない。
お店を間違えたかもしれないという不安を抱き始めたとき、後ろから肩を叩かれて振り返った。
「おっす、しばちゃん」
「おっす、田中。中にいたんだ」
人生初カラオケだったのでどうすればいいのかわからずお店の前で待機していたが、どうやら中に入って待っているものらしい。田中とそのまま中に入り受付ロビーを見るが、そこには誰もいない。……なぜ?
「しばちゃん、こっちこっち」
きょろきょろと見回し戸惑っていたところに、先を歩いていた田中が振り返り手招く。大人しくついていき、『12』と書かれた扉の前で止まる。
え、みんなもう集まってたの?もしかして俺、集合時間を間違えた?
さーっと血の気が引いている俺を知ってか知らずか田中が容赦なく扉を開く。
すると、パパパァーンという小さな爆発音が何回か響き、頭上に何かがひらひらと落ちてくる。
「「「一か月過ぎちゃったけど誕生日おめでとー!!!」」」
「へ?」
目の前には壁の幅いっぱいの弾幕に
『CHINATSU HAPPY BIRTH DAY&学校祭大大大成功おめでとう会!!』
のカラフルな文字が躍っていた。いつのまにか『本日の主役』と書かれたタスキをかけられ、マイクを持たされていた。
「本日の主役から一言、お願いします」
音もなく背後に立ったザキさんが耳打ちをしてくる。きっとタスキとマイクも彼の仕業だろう。
この場にいる全員の視線を浴びながら、おずおずと小さなステージの上に立つ。
「えっと、」
話し始めた途端にキーンとマイクが唸る。いきなり出鼻を挫かれてしまった。みんなも苦笑している。
「本日はこのような会を開いてくださり、」
「固い固い」
「しかもそれ終わりのセリフじゃーん」
ハハハッと笑いが起きる。西原先輩から固いと言われてしまったのでもっとラフな感じに変えてみる。
「まじ感謝なう」
「固いのは内容であって口調のことを言ったんじゃねぇよ!!わざとか、わざとなのか!?」
「ぐふっ、しばちゃん最高!」
西原先輩がツッコむ横で田中が腹を抱えて笑っている。こんなところで時間を使うのも悪いので、会を始めることにする。
「飲み物の準備は?」
「「「オッケー!」」」
音頭を取るのは初めてだが、なんだか楽しい。一応学校祭のときのザキさんの雄姿を真似ている。
「盛り上がる準備は?」
「「「できてるー!」」」
謎の全能感が。教祖様の気持ちとかこんなだろうか。今なら空も飛べそうな気がする。ザキさんから良妻のごとくスっと差し出されたグラスを受け取り、頭上に持ち上げる。
「学校祭お疲れ様でしたー!カンパーイ!」
「「「カーンパーイ!」」」
残像が見えるくらいに素早くステージ上から降りる。降りた途端に全能感が消え、あんな行動をした自分に震える。アノ、ステージ、コワイ。
「俺の誕生日会を企画したの、田中だろ?ありがとう」
「ありゃ、なんでわかったん?」
「なんとなく」
と田中と話していた後方では、カンナと香織が小さく悲鳴を上げていた。
「やっぱり田中が一番のライバルよ。何よあの距離感、もはや長年寄り添った夫婦じゃない!」
「カンナちゃん、私気づいちゃったよ。田中君だけじゃない、さっき智夏君にグラスを渡してた山崎先輩もライバルだよ!良妻ポジションだったよ!」
「私もライバルに入れてくれない?」
「「わっ!」」
カンナと香織の背後に忍び寄った陽菜乃が会話に割って入る。
「一条先輩」
「私は危ない色気を纏ったお姉さんポジション、かな?」
「「色気……」」
そう言って二人の視線は陽菜乃の双丘へ。香織は自分のそれと見比べ肩を落とし、カンナは親の仇のような視線を飛ばしている。
そんな事態になっていることなど当の本人は露知らず。
「御子柴パイセーン」
「為澤」
「苗字長いから名前で呼んでいい?」
「いいよ」
「あんがと智夏パイセン!パイセンも虎子って呼んでいーよ?」
為澤が俺の腕をつつきながら上目遣いで提案してくると、それを聞いた高比良先輩と西原先輩がやってきた。
「あ、じゃあ私も!すみれって呼んで?」
「俺のことも天馬って呼んで♪」
パチンとウィンクを飛ばしながら高比良先輩が言った。そのあとに続いた西原先輩は見なかったことにする。
「了解、虎子、すみれ先輩」
「おい無視すんなよ」
「えへ、なんか照れるー」
「私は呼び捨てにしてくれないの?」
「おーい」
「先輩を呼び捨てなんて、そんなそんな」
という会話をしていると、不貞腐れた西原先輩がタッチパネルを操作し、なにやら曲を予約して歌いだした。ここはカラオケなので歌うことは不思議ではないのだが、なぜ失恋ソングを歌うのか。なぜ一曲目で歌おうと思ったのか。なぜこの人がクールでカッコいいとか言われてモテモテなのか。……わからない。
カラオケ採点で97点を叩き出した悲しい先輩に声をかける。
「歌上手いですね。天馬先輩」
「……なんか今、キュンと来たぜ」
「…」
名前で呼ばなきゃ良かった。呼んで一秒でこんなに後悔するなんて。
「冗談だよ、本気にするなんて可愛い奴め」
うりゃうりゃと頭を撫でられる。その拍子に眼鏡がずり落ちた。硬直している天馬先輩と目が合う。そのままズレた眼鏡を元の位置に戻し、今の出来事を無かったことにする。
「天馬先輩、どうしたんですか?」
「……え、は?とりあえず眼鏡もう一回取ってくれ」
「嫌ですけど」
見られたのは天馬先輩一人だけだし、大丈夫だろ。誤魔化せる。
「即答かよ!可愛くないやつだな!」
「どうも」
「西原先輩なーに言ってんすか。どこから見てもうちのしばちゃんは可愛いでしょうが」
「田中様の言う通りです。智夏は可愛いですよ。腕のいい眼科医を紹介しましょうか?」
田中とザキさんが合流し、なぜか俺のことを可愛い可愛い言っている。大丈夫か、この2人。
「私たちも仲間にいーれーてー」
「うお!三大美女が来たぞ」
この後、腕相撲大会が開催されたり、ケーキが登場したりと楽しい時間を過ごした。ヒストグラマーの仲間たちと友人たちが集まったこの日を、俺は一生忘れないだろう。
「智夏君はやっぱり大きい方がいいの?」
「うん?いきなり何の話かな?」
3分後にジュースと雰囲気に酔った香織に悪絡みされた。
詳しくは言えないが……大変だった。
急ぎすぎて執筆中BGM紹介はまた次回!
みなさんのおススメの曲もぜひ教えてください!