なんちゃってね
「夏兄、ごめんね。わざとじゃないの」
朝っぱらから全身に水を浴びて、びちゃびちゃになったが、それに落ち込んでいるわけではなく。
「わざとじゃなくて、自然と避けちゃっただけっていうか。あのー、えと、」
「うぐ……」
「何を言っても夏くんにダメージがいっちゃうね」
冬瑚に頭なでなでを拒絶されて、反抗期が来たんだと思って、これから「クソジジイ」とか呼ばれるのかなとか思ったら鼻の奥がジーンと熱くなっただけだ。
べ、別に泣きそうになってるとかじゃ、ないんだからね!
「夏兄、泣いてるの?」
「これは涙じゃなくて、さっき浴びたお水が流れているだけっス。絶対の絶対に」
「へー、そうなんだー」
彩歌さん、最後の念押しって必要でしたか……?明らかに嘘っぽくて、冬瑚が色の無い瞳で棒読みの返事をしたんですが。
「冬瑚、俺は泣いてないぞ。ただちょっと、将来に思いを馳せていただけで」
「ふーん。そういうことにしといてあげるよ」
絶対に信じてないな。言えば言うほど嘘っぽさが増すが、兄が泣いていたなんて思われたくないし……。
「夏兄、男とか兄とか関係ないんだよ。……泣きたいときは泣いてもいいの」
ズキューン!
「「「と、冬瑚さん……!」」」
く、クールビューティ冬瑚さん爆誕!!
その場にいた大人たちが全員、冬瑚の名言に心臓を鷲掴みにされてしまった。
「なにやってんだ?ほら、タオル。あと、風呂も用意しといたから」
「お母ちゃん」
「誰がお母ちゃんだ」
タオルを受け取って、水気を拭きとっていると秋人が意地の悪い笑みを浮かべた。
「ついでに涙も拭いておかないとな、兄貴」
「あー、そうだね。お兄ちゃんぴえんぴえんだよ」
……ぴえんだっけ?ぱおん?ぽよんだっけ?ま、いいや。こういうのは諦めるのが早い。
「ふふっ」
諦めて遠くを見ていたら、隣から可憐な笑い声が聞こえてきた。
「…………彩歌さん」
「ご、ごめんね。ふふ、あんまりにも面白くって、思わず」
笑いすぎて目の端に涙を浮かべる彼女の姿は、朝露のように輝いていた。
可愛いから許す。
「熱々のラブラブ!」
「あ~、あっちぃ」
「お熱いねぇ、お2人さん?」
冬瑚は目を輝かせて俺たちを見ており、秋人は水道のホースで水をまきだし、香苗ちゃんはからかうような顔をしているのかと思いきや、まるで眩しいものを見たような顔をしていた。
香苗ちゃんのこの表情の理由は、やはりヨシムーへの恋心か。
ふむ。ここはひとつ、親孝行をしますか。
「香苗ちゃん、ヨシムーとデートでも行ったら?」
「へっ!?」
「お互いに好き同士なわけだし」
「関係を動かすのは、俺が高校を卒業したら、って話だけどさ。2人でどっかに行くくらい、いいんじゃないかな?」
「で、でも」
気の利く弟妹達は、すーっと気配を消し、彩歌さんは仏のような顔で行く末を見守っている。
なぜ急に、香苗ちゃんをつっつき始めたのか。
それはイタズラを仕掛けられ、からかわれたから……ってわけじゃない。絶対の絶対に。
「香苗ちゃんが不安になるかと思ってずっと黙ってたけど、ヨシムーって実は、」
「じ、実は?」
「女性教諭からモテる」
「……っ!」
ちなみにここで言う女性教諭の定義は、既婚者であり、あと数年で定年を迎えるベテランの教師陣だ。ヨシムーは寝癖を付けて学校に来たり、ゆるゆるのジャージで教壇に立つので、女性教諭たちに目を付けられている。
この前、職員室に行ったら女性教諭3人に囲まれて、延々とお叱りを受けていた。これをモテると言わずして何と言う。……ただの問題教師か。
「モテる?まさか。モテるってあのモテるだよね?え、モテるのはモテモテの人だけだよ。あれ?モテるってなんだっけ」
面白いくらいにわかりやすく動揺している香苗ちゃん。
やり返したい気持ちはあったけど、本当にそれだけなくて。俺たちを救ってくれた香苗ちゃんには、幸せになってもらいたいから。
「香苗ちゃん。押せ押せ、だよ」
サムズアップとドヤ顔でアドバイスを送ると、ようやくからかわれていたことに気付いたらしい。
「もー!大人を揶揄うもんじゃありません!早くお風呂に入ってきちゃいなさい!」
「はーい」
真っ赤になってぷんすか怒っている香苗ちゃんを見て、さすがにやりすぎたかなと思ったとき。
「彩ちゃんも一緒にお風呂に入らなくて大丈夫?」
「「ふぁ!?」」
ドタドタっ
家に入るタイミングで変なことを言われたので、思わずズッコケてしまった。
「なんちゃってね」
さすが香苗ちゃん。カウンターを決められたら即座に右フックを決めてきた。
お風呂はもちろん一人で入りましたよ、えぇ。
~執筆中BGM紹介~
ようこそ実力至上主義の教室へ 2nd Seasonより「人芝居」歌手:渕上舞様 作詞・作曲:佐高陵平(Hifumi,Inc.)様




