深そうで浅い
夏休み明けすぐの9月の頭にある学校祭に向けて準備を着々と進めているわけだが、その他にも学生には色々とやらなければならないことがあるわけで。
例えば期末試験の勉強とか。
「あ、そういや試験範囲10ページ分広くなったから」
「「「えぇ~!?」」」
「だってお前ら頭良いから授業が進むペースが速いんだよ」
「だからってテスト範囲を増やさなくてもいいじゃないっすか~」
「3年生でやる予定の範囲をさっさと終わらせて、残りの時間は受験勉強に充ててやろうという俺の優しさを察しろ~」
「そんなぁ」
例えば夏休みの計画とか。
「ねぇ!夏休みにみんなで花火しようよ!」
「いいね!大賛成!」
「どこでやる?夜の学校に忍び込むか?」
「受験前のこの時期に学校に忍び込む勇気はないべ」
「公園とか河原は花火禁止だもんな」
例えば淡い恋心とか。
「ひろ、じゃなくて、鈴木を呼んでくれる?」
「おーい鈴木コノヤロー!愛羽さんがお呼びだぞこら」
「なんで喧嘩腰なんだよ……」
「面白いクラスメイトね」
「……え、俺いま愛羽さんに褒められた?」
「安心しろ、嫌味だから」
これらと並行して学校祭の準備を進めるって、学生忙しすぎだな。
そのすべてに全力投球するのが学生の本分でありますからね、一つたりとも気が抜けないわけですわ。
「御子柴、今日はドリボに行かないのか?」
「うん。しばらくはお休みをもらったから」
週刊誌のことで一瞬騒がれたから、熱さまし期間のような意味合いも含めた休みだ。まぁ、最近やることが多すぎて目が回りそうだったから俺にとっても長期休暇は都合が良い。
「そか。んじゃちょっと聞きたいことがあんだけどさ」
井村が俺の肩をガシッと掴んで自分の方に引き寄せた。引き寄せられたので、当然顔は至近距離にある。
な、なんだ……。
至近距離にいる俺にしか聞こえない声で。
「松田となんかあった?」
「……は」
咄嗟に、松田さんの方に視線を向けようとしたが、肩に手を置いていた井村に遮られた。どうやってって、いわゆる顎クイというやつで。
「井村って顎クイ好きなのか?」
「好きか嫌いかで言えば大好きかな」
好きか嫌いかで答えないんかい。しかも返事は「大好き」ときた。どおりでよく井村に顎クイされるはずだよ。ったく。
顎をクイする井村の手を剥がして、井村自身の顎にその手を持っていく。
「自分の顎でもクイしててくれ」
ここまではいつもの流れ。男子同士がふざけ合っているという風に周囲が認識し、俺たちを見ていた目が離れていく。
教室の中で内緒話をするときは、気配を消すのではなく、気配を周囲に溶け込ませなければ。普段と違うことをしていれば注目を浴びてしまうのは当然のこと。だから、いつも通りを装いつつ、こうして周囲に聞かれたくない話を再開する。
松田さんがなんだか余所余所しくなったような気がしたのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。別に冷たくされるわけでもないし特にこれと言って支障はないのだが、距離を感じるといいますか……。
「わからないけど……無神経なことを言っちゃったかもしれない」
「無神経なこと?」
松田さんに距離を取られる前の出来事と言ったら、彼女を保健室に送ったことくらいだ。やっぱり、体調が悪いって察した時点で工藤さんをこっそり呼ぶべきだったか。俺がのこのこついて行ったせいで気持ち悪がられたか……?
「まぁ、女子が怒ってることを理解するのは、数学の難題よりも難しいからな」
言っていることが深そうで浅い井村(彼女持ち)の経験談。
「理由がわからないのに謝っても逆に怒らせるだけだから、このままそっとしとくのが一番かもな」
「俺もどうすればいいのかわからないから、時間に任せてみるよ」
「おう。けど一つ問題があってだな」
そう。それは俺も、というかクラスメイト全員が大なり小なり感じていたこと。
「松田、抜け殻みたくなっちゃってるよなー」
「心配だよね」
「体調も劇も、どっちも心配だな」
これまでハキハキと指示を飛ばしていた松田さんが、今は「いいかもー」「そうねー」くらいしか言わなくなってしまった。
でもそこは井村や周りの人間で今はなんとかなっている。けれど。
「目下の問題は田中の演技の下手くそっぷりだな」
「あそこまで苦手だとは知らなかったよ」
~執筆中BGM紹介~
夏目友人帳より「君が呼ぶ名まえ~もう一度だけ」作曲:吉森信様




