じゃあ鈴木
「ひ、姫ェ!俺と、恋の逃避行をし、なイかー」
「はいカットォっッッッ!!」
姫役の香織と、騎士役の田中。
騎士・田中が姫・香織に跪いて愛の告白をする重要なシーン。
このセリフを聞くのも、ここで監督・松田さんカットが入るのももう5回は見た。
「田中君!どーしてそんなにセリフが棒読みなの!もっと感情を、いや魂をこめて!」
「……………無理」
「なんで!」
「こんな恥ずかしいセリフ、言えねぇよ!誰か代わってくれよ、頼むから!」
台本を書いた松田さんに詰め寄られて、田中の中の何かが切れた。
こんなにも感情を露わにする田中は珍しいな。普段は飄々としているというか、余裕ぶっているのに、いまは切羽詰まっている。その気持ちはわかるけど。だってクラスメイトの女子にあんなことを言うのは誰だってむず痒いよな。うんうん。
「なんでお前ら誰も目を合わせねぇんだ!?」
だって、なぁ?
「しばちゃん!」
「俺は魔法使い役だから、代わりに騎士役はやれないな」
「しばちゃんならあのセリフを堂々と言えるだろ!恥ずかしいって感情がバグってるもんな!」
お?もしかして喧嘩売られてるか?言い値で買うぞこら。
俺がいつも恥ずかしいことを言っているような言い方はやめてもらいたい。拙者は思ったことを包み隠さずに言っているだけでござる。
「俺が騎士役をやれたとしても、田中は魔法使い役をできないだろ?」
「くっ……!魔法使い役はしばちゃんにしかできないからな。じゃあ鈴木!」
不覚、とでも言いたげに悔しがっているが、絶対に最初から代われないことに気付いていたろ。本当に変わってもらう気はないのだろうが、ピリついた空気をどうにかしたかったのだろう。
「じゃあってなんだよ、じゃあって」
「それならば鈴木」
「大して意味変わってなくね?」
「致し方なく鈴木」
「その不本意ですって感じを出すのやめい」
「やむを得ずs、」
「何回言うんだよ!誰が代わるか、田中この野郎!」
「3回は言わないとダメだろ!」
「そこじゃねぇーよ!」
ここで騒いでわいやわいやしている男子に、早く練習を進めたい女子たちの冷ややかな視線がぶっ刺さる。
「ちょっと男子~」
「いい加減にしないと~」
「台本に無理やりBL展開ぶっこむよ?」
「「「ごめんなさい」」」
女子の華麗なる3コンボは男子達に大ダメージを与えた!クリティカルヒット!
「ふぅ、冗談はさておいて、30分まで自主練の時間にしよっか」
「「「は~い」」」
各々、自主練のために教室の各地に散らばる中、俺の意識は松田さんに。決して変な意味ではなくて、様子がおかしい気がする。心なしか顔色も悪く見える。
「なぁ松田さん。これ、セリフちょっと変えてもいいか?」
「……え?」
「セリフ、変えていい?」
「あー、ちょっと考えてみるわ」
「ありがと」
井村が松田さんに話しかけている様子をを見ていたが、やっぱり元気がないような。
よくよく注意して見ないとわからないが、若干足元もふらついているようだ。
松田さんが廊下に出たので、後を追いかけると松田さんの体がぐらついた。
「松田さん!」
なんとか腕を掴んで倒れるのは阻止したが、間近で見ると顔に血の気が無かった。
「大丈夫、じゃないよね?保健室行く?」
「でも、劇のこと、」
「劇のことは大丈夫だから。今は松田さんの体調が大事だよ」
血の気も若干戻ったところで、一緒に保健室まで付き添う。
「最近ちょっと寝不足気味かも。あと生理が被ってね」
「そっか。それは辛いね」
「……ふ~ん?男子はこういう話は苦手かと思ってたけど、平気そうだね」
「平気というわけでもないけど」
男子は真の意味で理解はしてあげられないから、無神経なこととか言っちゃうかもしれないし。
「彼女の影響?」
「か!?」
「やっぱり彼女いるんだ、御子柴君」
「い!?」
「そりゃわかるよ。彼女さんのこと、大事にしてるんだね」
「な!?」
「私くらいになったら、ひらがな一文字だけで御子柴君が何を考えているかなんてお見通しなのだよ」
彼女いることはバレるし、ひらがな一文字だけで俺が何を言おうとしているのか察してくるし。
「松田さんってもしかして超すごい人?」
「実は超すごい人なのさ」
松田さんを保健室に送って、教室に戻ってエレナに報連相。
助け合ってこその学校祭、だよな。
~執筆中BGM紹介~
「Good mood」歌手:内田雄馬様 作詞:Shogo様 作曲:Shogo様 / 半田彬様




