その中の一人
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作中も現実も夏ですね!読者の皆様、暑さ対策を万全に、健康に夏を乗り切りましょう!
朝が早いと言えど、セミは既にミンミン鳴いていて、受験勉強をしたい熱心な生徒たちは登校している、そんな時間。
俺は担任の吉村先生に捕まり、進路指導室で対面していた。
「御子柴は公立の大学に絞ってるが、音楽の道には興味ないのか?」
何十冊か積み重なっている大学のパンフレットから、赤い付箋が貼ってあるパンフレットを数冊取り出して俺の前に置いた。
そのどれもが音楽大学の入学案内のパンフレットだ。
その中の一冊を手に取り広げて見ると、ピアノ専攻や作曲コースなどさまざまな選択肢が載っていた。
「音大は……」
その道を、考えなかったわけじゃない。でも……。
「迷ってるなら、見学でも行ってきたらいい」
「実は、この学校とこの学校の見学はもう行ったんです」
目の前に広げていたパンフレットから2冊を取り出して見せる。
進路は国公立大に絞っていたが、せっかくだし見てみようと音大2校に寄ったのだ。
「ほぉ!それで、どうだったんだ?」
俺のことなのになぜか目をキラキラとさせて聞いてくるヨシムーには悪いが、あまり良い印象が無いというか。
「……もみくちゃにされました」
「は?」
芸術系の人ってほら、なんか変な人、多いじゃん……?
俺が行った音大2校はどちらも想像の3倍は変人いて、ピアノコースの棟に入った瞬間に拉致られグランドピアノの前に座らされ、楽譜を渡された。「実力を見せてもらおうか」とか「ピアノバトルだ!」とか状況把握もできていないうちにあれやあれやと音大生に囲まれて、ほぼ強制的にピアノを弾かされ、そして……。
「あの環境で生きていくのは辛いな、と」
「そ、そうか。でも、その音大だけがおかしなだけで、他の大学はまともかもしれんぞ?」
「いや……」
どうだろう。サウンドクリエイター界隈でも変人しかいないんだ。どの学校でも変人ばっかりな予感がする。
「別に変人でも変態でもいいじゃねぇか。俺から見りゃ、お前もその中の一人だよ」
「いやいやいやいやいや」
「自覚なしか?ま、いいけどよ。本当にそんな理由で行きたくないわけじゃないんだろ?」
やっぱりヨシムーは誤魔化されてはくれないらしい。
「……音楽を学ぶのは、お金が掛かりますよね。かなり」
「そうだな。入学金も授業料もそれなりにな。だが、御子柴なら奨学金や特待生制度を使う手もあるぞ?」
「そうなんですけど……」
歯切れの悪い返事にヨシムーがキレるかと思いきや、思いのほか穏やかな顔で見られていたことに気付いて居心地が悪くなる。
「御子柴は手のかからない生徒かと思ってたんだが、しっかり手のかかる生徒になったみたいで良かったよ」
「それは良くないのでは?」
「手のかかる生徒の方が可愛いってもんよ。それにな、自分の将来のことなんだ。しっかり悩みなさい」
き、教師だー!!ヨシムーが教師になったー!!
ふざけてる場合じゃないな。先生がこれだけ俺のことで一緒に悩んでくれてるんだ。俺が一番しっかり考えなきゃいけないだろ。
「音楽のことをもっと知りたいって気持ちはあるんです。でも、学校でそれを学ぶのは、どうも違う気がして」
「というと?」
「うーん。うまく言えないんですけど、もっと違う視点から音楽を学びたいんです」
学校で、志を同じくする仲間たちと学ぶこともきっと楽しいし、自分のためになるだろう。けれど、そうじゃない気がする。俺が目指す音楽に必要なものは、きっとそこでは得られない。
「じゃあ海外の学校に留学でもするか?」
「へ?海外?」
「驚くようなことでもないだろ」
そっか、海外か。
俺の中に流れる血の半分は海外なわけだし。国内に縛られる必要もない、か。
「あの、先生。お願いがあるんですけど……」




