見届ける
今回で「因縁編」は終わりです。
後悔というのは、やらかしてしまった後にものすっごい悔いることである。
「ええいッ!うだうだうだうだと面倒くさい!たとえ世間が許さなくても、神が許さなくても、……俺が許します!だからさっさと前を見て歩け!」
うん。言い過ぎたな、これ。もうね、脊髄反射の域で話してたよね。
しかも神が許さなくても俺が許すとか、なにそれ何様。俺様?笑えねぇですわ……。
「智夏……」
「そんな目で見るな」
「こっち見てないんだから、どんな目をしてるかわかんないだろ」
「わかる。心の目で見た」
朔太がどんな目で見てるかなんて、直接見なくてもわかる。めっちゃ引いてるだろ。声だけでわかるわ。
「ふっ、ふふ、」
一瞬、誰が笑っているのかわからなかった。
ずっと険しい顔か無表情か、歪に笑った顔しか見てこなかったから。こんな風に柔らかく笑うこともできるんだと驚いた。そしてそれは、笑った本人でさえも。
「あ……」
柔らかくなっていた表情が固まり、口元に手を当てていた。まるで、笑顔を隠すように。笑った事実を覆い隠すように。
次いで、青白い頬に涙が伝い落ちた。
「……もう、笑ってもいいのかな」
心なしか、声色も柔らかく変わっている。いや、これこそが本来の彼女の姿なのだろう。
真っ暗だった道に、光が差した。
引っ張り出すなら、今しかない。
「笑ってください。好きな時に笑って泣いて、歌ってください。夢を諦めないでください」
そう俺は思ってる。けど、俺の言葉だけじゃきっと足りないから。だからこの場にお前を呼んだんだ、朔太。
「僕は、さっき言った通り、あんたのことは嫌いだ。……けど、別に不幸になってほしいとかは思ってない。どっかで勝手に幸せになればいいんじゃねーの」
腕があったはずの場所を掴み、そしてゆるゆると拳を開いた。
「恨み続けるのは、疲れるから」
朔太のこの言葉で、砂山は堰を切ったように泣きだした。
なんとなく、見てはいけないものを見てしまった気がして窓の外を見ると、晴れ間が差していた。
「雨、上がったみたいですね」
―――――――――――――――――――
あの日、子供のように泣いた砂山は、嘘の記事を書いたことを謝罪。その足でドリボに向かい、社長や香苗ちゃん達に謝罪。その後に学校が終わった秋人と冬瑚に謝罪。そのすべてに同行した。もちろん、庇うためじゃない。見届けるために。
翌日、学校に向かうと朝一番に天貝からも謝罪を受けた。
砂山と協力して俺の過去を探ったりしていたらしい。こそこそ調べ回っていたことと、砂山を止めなかったこと、秋人に酷いことを言ったこと、SNSであの記事を拡散したり過激なコメントを発信したりしてたこと。わかっていたことから黙っていればバレなかったものまで懺悔し、謝罪してきた。
「本当に、ごめん」
「もういいよ」
俺の所に来る前に、秋人の元へもきちんと謝りに行ったらしい。だったらもう、俺から言うことはない。こいつには少し、同情している部分もある。
「砂山とは、会ったのか?」
「会ってない。けど、会いに行こうと思ってる」
「そっか。じゃあな」
1人では辛いことも、2人でなら乗り越えられるだろう。
その場を離れて、一人廊下を歩いていると、ヨシムーに捕まった。
「おーい御子柴ー!昨日サボってた分のプリント取りに来ーい!」
「いや、体調不良ですから~」
「不良か」
「そこだけ切り取らないでくださいよ」
サボりといったら不良だけども。至って真面目な生徒ですよ、俺は。
「これとこれとこれと……、」
「あの、先生?プリント多くないですか?」
「そりゃ、受験生だもんな、お前ら」
そうだった。記事のことで頭がいっぱいですっかり抜け落ちてたけど。受験生だ、俺!
どっさりと重量感のあるプリントをもらい、職員室からさっさと出ようとすると、ヨシムーが「待て待て」と俺の首ねっこを掴んで、隣室の進路指導室に引っ張った。
「これ、進路希望調査の紙。来週までに書いて提出するように」
進路希望……。
「御子柴は進学希望だったな。オープンキャンパスには何校か行っていたみたいだが、候補は絞れたか?」
「いえ、どれもピンと来なくて」
キャンパスに実際に行って、そこに通っている大学生たちに話を聞いて。
どこの学校も魅力的ではあったが、将来そこに自分が歩いている姿がどうしても想像できなかった。
「それならもう少し、視野を広くして見るか?」
俺のために用意してくれたのであろう大学のパンフレットを受け取る。今さらながら、ヨシムーって教師なんだなと思ったのであった。
「いつも教師っぽいだろうが」
「心を読まないでください」
~執筆中BGM紹介~
涼宮ハルヒの憂鬱より「冒険でしょでしょ?」歌手:平野綾様 作詞:畑亜紀様 作曲:冨田暁子様




