めんどくさっ!
(2022/06/23追記)読者の皆様にお知らせです。明日24日に次話投稿予定だったのですが、作者都合により明後日の25日に投稿させていただきます。明日は更新がお休みで、25日に投稿します。楽しみにしてくださっていた読者の皆様、大変申し訳ございません!
「さようなら」
「あ、ちょっ!ちょっと待ってください」
シリアスなシーンでは、余計なことは言わないのが暗黙の了解であるが、そんなものくちゃくちゃに丸めてゴミ箱にポイだ。
自分の言いたいことだけを言って去るなんて、そんな都合の良いことあるかよ。
「そんな顔で見ないでくださいよ」
なんだこいつ、とでも言いたげに俺を見てきた。彼女の表情の中で一番、人間らしい顔を見たかもしれない。
「なんで傘、ささないんですか?」
「……雨が好きだから」
「雨が好きでも傘はさしますよね。持ってないんじゃないですか?俺、傘もう一本持ってるので使ってください。びちゃびちゃになる前に渡せばよかったですね。でも、渡す前に話し出して口をはさむ余地なんてなかったんですから、そこは許してください。あ、あとタオルもあるので髪を拭いてください。このままじゃ風邪ひいちゃいますよ」
ダァーッと今まで黙っていた分を取り返すかのように、自然と言葉がスルスルと口から零れ出た。
「……いらな、」
「はいこれ持って」
「え、」
「唇が真っ青ですよ。どこか入ります?」
「だから、」
「お、あそこに喫茶店がありますね。行きましょう!」
半ば強制的に、喫茶店に連れ込む。連れ込むって言い方はちょっとダメだな。放り込む?連行?……まぁ、俺たちの間に色恋沙汰なんて天地がひっくり返ってもないけど。俺は彩歌さん一筋。
それに、2人きりじゃないし。
「どーも」
「……誰?」
「元ピアニスト、今は作曲家目指して頑張ってます、林道朔太です」
偶然見つけた風に装って入った喫茶店は、実は朔太との待ち合わせ場所だったのだ。
朔太の自己紹介を聞いてもいまいちピンときていない様子だった砂山を、朔太の対面に座らせる。そして俺は朔太の横の席に。
こじんまりとした喫茶店に、他に客はいない。腹を割って話す絶好の機会だ。
「そこの交差点で、砂山さんのお父さんが運転していたトラックが、林道の乗った車にぶつかり、その車が俺の兄を撥ねた。あの事故でピアニストだった林道は片腕を失いました」
「……ぁ」
死者の名前こそ、プライバシーなど関係ないとでも言うかのようにマスコミは全国に晒すが、重傷者たちの名前は世に出さないものだ。だから砂山が朔太の名前を知らなくて当然といえば当然の話だ。実際、俺も朔太があの事故の関係者だって知ったのは作曲バトルのときだったわけだし。
「つまりここにいる3人は全員、あの事故の関係者なわけですよ」
マスターが静かにホットコーヒーを2つ、持って来てくれた。ミルクを入れて、ゆっくりと混ぜる。雨で冷えた体に心地良く染み渡った。
「砂山さんも、冷めないうちに飲んだらどうですか?顔が真っ青ですよ」
雨に打たれたことだけが原因で顔が真っ青じゃないことくらいわかっている。隣に座る朔太に「意地が悪いな」とボソッと言われたが、気にしない。このくらいの意地悪は可愛いもんだろ。
「ここに私たちを集めて、何がしたいの?」
「不幸自慢なら誰にも負ける気はしませんけど」
朔太お前、メンタル強くなりすぎだろ……。
片腕が無いことをまさか自分からネタにしてくるとは。さすがに笑っていいのかどうかわからないけど、言った本人は笑っている。
「不幸自慢をしたくてここに集まってもらったんじゃなくて。林道は今言ったとおり、作曲家を目指して頑張っています。俺も、これから音楽活動に力を入れたいと思ってます」
つまりなにが言いたいのかというと。
「自分で自分を苦しめるのはもうやめてください。あの事故のことを忘れろと言ってるわけじゃないんです。ただ、自分のために人生を生きてあげてもいいんじゃないかと……」
どうしよう、何を言っても上から目線に聞こえる。
言葉に詰まっていると、朔太が先に飲んでいたコーヒーを飲み干して、砂山を正面から見た。
「僕はあんたのこと、大っ嫌いだ」
「そんなこと知って、」
「あんたがあのトラックの運転手の娘だから嫌いなんじゃない。智夏を貶めるような記事を書いたから大っ嫌いなんだ。正直、ぶん殴ってやりたいくらいな!」
「朔太」
テーブルを挟んで向こう側に座っている砂山に掴みかかりそうな勢いで立ち上がったので、名前を呼んで制止した。
「智夏!お前いいのかよ!?やられっぱなしで!お前のことも弟のことも悪く書いたんだぞ!」
「良いとか悪いとか、2択じゃなきゃダメか?」
良い悪いとか、許す許さないとか、被害者家族、加害者家族とか。
「あの記事を書いたことと、弟たちには謝ってほしいと思ってます。……けど、その後は幸せに、なってほしいとも思ってます」
「……っ」
だって。
「家族を失った辛さは、わかります。それを悲しむ暇もなく、更なる絶望が降りかかった気持ちも」
立場は違えど、俺たちは似た痛みを抱えた者同士。
傷のなめ合いをしたいわけじゃない。慣れ合いたくもない。
俺の知らないところで、幸せに生きてくれていれば、それでいいというか……。難しいな、感情って。
砂山の反応が得られないので、しばらくコーヒーを飲みながら窓を打つ雨を眺めていた。
小さくカタン、と音がして砂山が初めてコーヒーを口にした。
「私は私を許さない。許す気も、許される気も……」
めんどくさっ!
なんかもう、全てが急に面倒くさく思えてきた。だって、俺が何を言ったって、砂山は何も変わらないってことだろ?
「そうですか。それもそれでいいんじゃないですか。これから、あの事故のことをこんな風に掘り返すことが無かったら、もうなんでもいいです。正直、過去のことで振り回されるのはもううんざりなんだ!俺は、俺の人生を生きる!」
昔っからずっと、振り回され続けてきた。
毎度毎度、同じようなことで悩んで、怒って、傷ついて。
けれど、振り回されるのはもう、これで最後にする。
~執筆中BGM紹介~
アクセルワールドより「byebye」作曲:ONOKEN様




