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この身を打つ雨は



この身を打つ雨は、私にとっては傘。


世間の目から覆い隠す、ベールのよう。


誰も私を見ないで。









その日は雨だったことを覚えている。


私は中学2年生で、進路のことで両親とよくケンカしていた。


両親は普通の大学に進学してほしいらしいけど、私は歌手になりたくて。


父はトラックの運転手だった。荷物を遠くまで運ぶお仕事。とても裕福とは言えない家なので、母はパートに出て生計を立てていた。


「お父さん、遅いわねぇ」


お母さんが心配そうに時計の針を見つめていた。


風邪を引いた同僚の代わりに、昨日からトラックを夜通し運転していて、今日の昼までには帰ってくると言っていた。


いまはもう14時を過ぎている。


「今日は優実の進路のことで、大事な話があるってお父さんが言ってたのにね」

「帰って来なくていいよ!どうせ、お父さんは反対するに決まってるもん。私なんか歌手になれないって」

「優実、お父さんは、」


Prrrrr


家の電話が鳴り、お母さんがスリッパを鳴らして受話器を取った。


「はい、砂山です。………ぇ、」


お母さんが受話器を落として、床に座り込んだ。その姿はまるで糸が切れた人形みたいだったことを、今でも鮮明に覚えている。


「お母さん……?」

「優実……、お父さんが、死んだって」


これまで自分の周りで人が死んだことなんて無かったから、咄嗟に理解できなかった。だって、死んだって……。


でも、実感がないせいか、頭の中はクリアだった。


体に力の入らないお母さんを引っ張って、病院に行き、何日かぶりにお父さんに会った。


いや、お父さんだったものに、だ。


本人確認とかで、お父さんの顔を見て、お母さんが泣き崩れて、……それからはよく覚えていない。


ただ、涙がでなかったことだけは覚えている。


警察の人から、お父さんがトラックを暴走させて死人が出たって聞いて、そんなわけないって思った。だってお父さんは誰よりもトラックの運転が上手で、事故なんて起こしたことなかったのに。


後に、過重労働による居眠り運転ではないかと言われたけれど、それは何の慰めにもならなかった。


家に帰って、お母さんは寝室で泣き続けて、私はその声を聞きたくなくてテレビを付けた。


『△△で起きた事故で、暴走したトラックの運転手と、小学生の男の子の死亡が確認され―――』


このニュース、お父さんのことを言ってる……。


咄嗟にテレビを消した。母の泣き声が響くこの家は、こんなにも寂しかっただろうか。




眠れずに夜が明け、お母さんの様子を見に行くと、お父さんの服を抱きしめながら涙の跡を頬に付けて眠っていた。


ピンポーン


インターホンが聞こえて、玄関の方に向かったとき、外が騒がしいことに気付いた。ドアスコープから外を覗いたら、家の周りには大きなカメラを持った人たちやマイクを持った人たちが所狭しと並んでいた。


その日私はようやく思い知った。


父は犯罪者で、私は加害者家族になったのだと。


そこからはもう、地獄の日々だった。






私と対極の位置にいる、被害者家族の御子柴智夏と向き合う。


「私ね、小さい頃から歌手になるのが夢だったの」


週刊誌の記事を書いたのが私だと知っていても、言葉を遮らずに黙って聞き続けてくれる彼は、とんでもなくお人好しだと思う。


「ネット上で、顔も名前も隠して、歌っていたら、デビューの誘いがあったの。本当に嬉しかった。これでまともな人間になれるんだって」


幸せと不幸せは交互に来るって本当だったんだって思った。そんなこと、あるはずないのに。


「事務所に入るためには本名を書かなくちゃいけなくてね。オファーが来た3日後には、断りの電話が来たわ」


神様が本当にいるのなら、私を相当嫌っているだろう。世界に光なんて、なかった。


「そんなときだった。あなたが作曲家として活躍し始めたのは。ちょうど、知り合いがあなたの同級生でね。同じ家族を喪った者とは思えなかったわ。あなたの話は、全部キラキラしていて、眩しかった。御子柴智夏の名を聞くたびに、私の中で昏い感情が膨れ上がっていったの」


高校生で、やりたい仕事をして、学校では友達がいっぱいいて、周囲に認められて。


私の欲しいもの、全部持ってた。


「御子柴智夏のすべてが羨ましくて妬ましくて、どうしようもないほどに拒絶した」


私と同じように、不幸になればいいと思った。地獄のような苦しみを味わえばいいと思った。


「けど、それと同時に、強烈な危機感を覚えたの。私と母が死んだら、父はただの人殺しのまま、世間から認知され、そして忘れ去られて消えるんだって」


父の人柄を知ってほしかった。過労が原因で起こった不幸な事故だったと、知ってほしかった。そうしたら、少しはこの世界で息がしやすくなるんじゃないかって思ったの。


「あなたを貶めるための記事を書いたのは、ただの手段。世間がマスコミに……記者の私に注目するように仕向けた。狙い通り、ネット上には私の名前が拡散されて、過去が暴かれている。今こそが、父の無念を晴らす絶好の機会」


スマホを操作して、ネット上に私が書いた最後の記事をアップした。


「話を聞いてくれて、ありがとう」


嫌な思いをさせてごめんなさい。たくさん、たくさん、ごめんなさい。


「さようなら」


もう二度と、会うことはない。






――――――――――――――――――




喪服の彼女が背を向けた。


「さようなら」

「あ、ちょっ!ちょっと待ってください」


シリアスな雰囲気なんて、知るかバーカ!

~執筆中BGM紹介~

鋼の錬金術師より「消せない罪」歌手・作詞:北出菜奈様 作曲:西川進様

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