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雨を弾く



週刊誌が出てからちょうど一週間、つまり『ツキクラ』の映画が始まってから一週間が経った。今週の映画の観客動員数はランキング1位。滑り出しは当初の計画よりも順調だ。意図せず炎上商法のようになってしまったが、観客の反応も良好。


明日はアニメ『四界戦争』の放映開始日でもある。


週刊誌の記事のことなど視聴者たちは忘れ始め、純粋に『四界戦争』を楽しみにしてくれている人がほとんどだ。


田中があの手この手を使って調べてくれた情報によると、週刊誌で俺の続報が出る可能性はほぼ無いとのこと。SNSで著名人たちが記事の内容を否定したことで、出版社に批判が殺到したそうだ。


そして――。






電柱の横にひっそりと供えられた花束が、湿った風に揺られて不安げに震えている。


以前までは無かった歩道のガードレールに指を滑らせながら、喪服を着ている女性に、声をかけた。女性はこちらに一瞥(いちべつ)もくれず、答えた。


「ここで、どなたか亡くなったのですか?」

「……私の大切な家族が」

「奇遇ですね。俺もここで家族を失ったんです」


大切な家族を失った者同士、それでも、絶対に相容れない存在。


「フッ、白々しい。本当のことを言ったら?」




世間で俺たちは、――被害者家族と加害者家族。


「あなたの父親に殺されたんだ……って?」

「えぇ。初めまして、御子柴智夏。会いたくなんてなかったわ」


初めまして、ではない。正確には一週間前に俺たちは会っている。なんの偶然か、それとも運命か。映画館で体調を悪くしていた女性が、この人だ。


まぁ、俺と秋人はあのとき女装していたし、今は前髪を下げて眼鏡をかけて制服を着た陰キャスタイルだし。わざわざ訂正する必要もない。


「俺はあなたに会いたかったですよ?妹がとてもお世話になったみたいですし」

「冬瑚ちゃんはあなたに似てなくて、可愛げがあったわ」


週刊誌が出る前に冬瑚にちょっかいをかけた女というのはやはりこいつだったか。確信が無かったから鎌をかけてみたが、ビンゴだったらしい。


――ピチャン


「雨が降ってきましたね。知ってますか?あの事故が起きた日も、雨が降ってたんです」


ちょうど一週間後は、この場所であの事故が起きた日であり、命日だ。


香苗ちゃんに引き取られてからは毎年兄の命日には墓参りと、この事故現場に足を運んでいたのだ。ここに来るたびに、毎回花が供えられていて、ずっと不思議に思っていた。誰が供えているんだろう、と。


――ピチャン、ピチャン


持ってきた傘を広げ、雨を弾く。


「そうだ、あなたの名前を聞いてなかった」

「ここにこの時間に来るのなら、私の名前なんて知ってるでしょう」

「あなたの口から直接聞きたいんですよ」


本格的に振り出した雨に、傘を持ってきてないのか打たれ続ける彼女はいつかと同じように嗤った。


砂山(さやま)優実(ゆうみ)。お前の兄を殺した砂山優一郎は私の父親だ。まさかこの名前をもう一度口にするときが来るなんてね」


砂山の眦に落ちた雨粒が頬を伝い落ちていった。


「名前を変えて、これまで生きてきたそうですね」

「人の命を奪った暴走トラックの運転手。その家族の有り様は”悲惨”なんて言葉じゃ生温いものだったわ」


雨を押し上げて、指折り数え始めた。


「家に石を投げられ落書きされ無言電話が毎日毎日かかってきた。もう引っ越すしかなかったけど、引っ越した先でも同じような目に遭った。学校を転校するたびにいじめなんて言葉じゃ片付けられないほどの地獄を見た」


雨に濡れて表情は見えないが、口角が歪に上がっているのはわかった。


「家に押しかけてきたマスコミに母は頭を下げ続けた。大好きだった父の死を悼む暇もなかったわ」


この雨はまるで、砂山の感情そのもののようだ。


「世間は私たち家族に父の死を悼むことを許さなかった。普通に暮らすことを許さなかった。笑うことを許さなかった。夢を追うことを許さなかった。幸せになることを、許さなかった。おかしいわよね?あなたたちは何も言わなかったのに、なんにも知らない世間の声は私たちをまるで罰するかのように責め立てるんだもの」


マスコミを嫌悪する彼女が、今やその一員になっている理由は、きっと……。


~執筆中BGM紹介~

東京喰種より「Glassy Sky」歌手:Donna Burke様 作詞:胡麻本りさ様 / NORIO JOSEPH AONO様 作曲:やまだ豊様

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