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もう一人

前半智夏視点、後半天貝視点で進みます。



「惚れた女がそう望んだから」

「……は?」


あんなでたらめな記事を書いた目的を聞いたら、この返事だ。また揶揄ってるのかと思ったが、その表情は嘘っぽい笑みではなく、年相応の悩める少年の顔だった。


「なぁ御子柴、俺は間違ってたのかな……」


敵なら敵らしくあってほしい。迷って悩んでいる、人間らしい姿なんて見せるなよ。


ギリッと奥歯が軋む音が自分の中から聞こえた。


俺は、大切な人や自分を傷つけられて優しくできるほど、善人じゃない。


「揺らぐような覚悟なら、最初からやるべきじゃなかったんだ。刃を振り上げるなら、振り下ろした後のことも考えろ。自分が傷つける人たちのことを考えろ!」


激情のままに、天貝との距離を詰めて胸ぐらを掴んだ。至近距離から大嫌いな奴の顔を睨みつける。


「「惚れた女が望んだから」?ふざけんなッ……!止められる場所にいて、なんで止めなかったんだ!」


彼女の話を出した途端、天貝が俺の胸ぐらを掴み返して、()えた。


「止めたさ!でも、これをしないと死ぬって言うんだ!何が正解だったのか、もうわかんねぇんだ!」


お互いに胸ぐらを掴んで、至近距離で睨み合う。


もしも、俺が天貝の立場で、彩歌さんに同じことを言われたとしたら、俺はどうしていただろうか?――そんなの決まってる。


「嫌われてでも止めるべきだった」

「……お前に何がわかんだよ」

「わからない。お前みたいに、甘えん坊じゃないからな」

「あま、」

「嫌われたくない、でも後悔してる。止められない、でもやりたくない」


自分では何も決められない、変えられない。とんだ甘えん坊だな。


胸ぐらを掴んでいた手を突き放すように離した。


「嫌われる覚悟も、止める勇気もないのなら、それはその人のことを大切にできてないってことだよ。自分が傷つきたくないだけの、ただの自己満足だ」


よろめいて、そのままベンチに座り込んだ。


「どうして……。どうしてそんなに強いんだ?」

「お前なら知ってるだろ?」


田中からもらった資料には、天貝は俺の過去や身辺を調べていたと書かれていた。しかも、天貝と俺は小学校が同じだったらしい。それなら兄を失った事故のことも、俺が学校に行かなくなったことも全部知っているはずだ。


「強くならざるを得なかった。ただそれだけのことだよ」


こいつから得られるものはもう無さそうだ。


踵を返して、ひっそりとした東屋を後にした。






――――――――――――――――――





「あーあ。たしかに甘えん坊だな、俺」


御子柴が振り向きもせずに帰った後、数分か、はたまた数十分か考えて考えて、笑えてきた。


だって、嫌われるのは普通、怖いだろ?好きな人ならことさらに。


「結局あいつは俺のこと、忘れたまんまだし」


小学校で同じクラスだったのに。御子柴と古いゲーム機で遊んだこともあったし、俺の家に遊びに来る約束だってしていた。


その約束は、果たされることはなかったけど。


学校イチの人気者だった御子柴の兄が、大きな事故で死んだらしいってのをニュースで知った。そのあと、御子柴が学校に来なくなった。


御子柴が来なくなった後、俺が最初に思ったことは心配とかじゃなくて、約束を破られた、だった。


「昔っから、自分のことしか考えてねぇな」


高校で、御子柴智夏という季節外れの転入生が来たと噂で聞いて、廊下ですれ違ったときにピンときた。あの御子柴だ、って。


声をかけようかと思っていたとき、ふとあの事故があった場所に行ったときだ。


喪服を着て、手を合わせていた彼女に出会ったのは。その横顔がとても儚くて、なにより綺麗だった。


彼女は、優さんは、名前すら教えてくれなかったけど、傍にいられるだけで俺は幸せだった。優さんは俺の気持ちを知りつつ、御子柴のことを調べさせるためだけに利用するだけだったけど、それでも良かった。少しでも一緒にいられるのなら。


でも、もう夢から醒める時間だ。


スマホを操作して、電話をかける。


「優さん、ごめん。俺――」


あの事故で亡くなったのは、御子柴の兄と、もう一人。――暴走したトラックの運転手。


~執筆中BGM紹介~

BLEACHより「アフターダーク」歌手:ASIAN KUNG-FU GENERATION様 作詞:後藤正文様 作曲:後藤正文様/山田貴洋様

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