落ち込む
週刊誌が出てから数日。
横浜さんをはじめ、多くの人たちが記事の内容を否定してくれたおかげで、風向きが変わった。
俺たちを非難していた世間の声は、今やマスコミ批判に完全にシフトした。
「調子はどう?母さん」
マスコミに追いかけられることもなくなり、自由に動き回れるようになってまずは母さんの入院している病院に一人で向かった。
お見舞いに来た人用に用意されている椅子を引っ張り出して、母さんのベッドの横に置いて座る。
「いい感じよ」
「本当に?少し痩せたんじゃない?」
「実はちょっと夏バテ気味かも」
「しっかり食べないと」
「は~い」
冬瑚をそのまま成長させたような姿の母マリヤは、病魔に侵されており、医者から余命宣告も受けている。だが、そのことを知っているのは俺だけだ。秋人たちには本人からの希望で口止めされている。
母が隠し事をしているように、俺も母さんに言っていないことがある。
それは週刊誌のこと。
余計な心配はかけたくないし、精神的に母さんはあまり強くない。週刊誌の標的にされた、なんてわざわざ知る必要のないことだ。
普通に世間話でもしようと話し始めると、さっきまで笑っていた母さんの目が鋭く俺を射抜いた。
「さっき看護士さんから、」
「智夏」
「な、なに」
この目で見られると、緊張してしまう。それはピアノの練習を母としているとき。叱られる前の、あのピリッとした雰囲気。
「大変なことになってるんでしょう」
「いきなりなんだよー。大変なことって」
「水月さんを殺したって書かれたのでしょう」
…………誰だ、母さんにチクった奴はー!!!
母さんは週刊誌なんて普段読まないし、スマホだって持っていないから、SNSで知った可能性も低い。病院側に根回ししていたので看護士さんや主治医の先生から情報が漏れたとも思えない。
となれば、考えられるのは他の患者から教えられたか。
クソっ
心の中で舌打ちが出た。わざわざ教える必要なんてないだろうに。
「看護士さんたちに口止めもしたんだってね」
「…」
それもバレてんのかい!
「智夏」
「はい、スミマセンデシタ」
背もたれのない丸椅子の上で正座をして頭を下げる。
黙っていたら見過ごしてくれるかもと淡い期待を抱いたが、そうあまくはなかった。
「お行儀が悪いわよ」
「はい……」
椅子の上で正座していた足を床におろした。怒られるときって、なにをやっても怒られるんだよなぁ。
自分でも驚くくらいしょんぼりしていると、噴き出す音が聞こえた。
「……ぷっ」
視線を上げれば、母さんが俺の情けない姿を見て耐え切れずに笑っているではないか。
「……母さん」
「ごめ、フフッ、ごめんね。だって、身体は大きくなったのに、落ち込む姿は昔とまったく同じだったから」
図体だけでっかくなってたら、そりゃ笑いますわ。いいですとも。思う存分笑ってください。
「内緒にしてたのはごめん。でも、大丈夫だから」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。あの記事を通してアニメの作曲家の存在を知って、音楽を意識しながら映画を見たら違った楽しみ方ができましたって感想を書いてくれてる人もいたし。結果オーライってやつ?」
入り口はどうであれ、映画と一緒にBGMも楽しんでもらえたようでなによりだ。
もちろん書かれていた感想がそれだけじゃないことはわかっているだろうが、それでも胸を撫で下ろしていた。
「そう……。良かったわね。仕事の方は大丈夫そうでも、智夏は?」
俺?俺自身のことはそれこそ心配ない。
「みんなが助けてくれたから。それに、大切な人たちはみんな俺のことを信じてくれたから。だから大丈夫」
今まで繋がってきたみんなが、手を差し伸べてくれた。こんなにも大切に思われているんだとわかって、記事が出たことにほんのちょっとだけ感謝しているくらいだ。
「良かったね。……本当に、良かったね」
「なに泣いてんのさ」
良かった、と言いながら涙を流す母。
「良い人たちに巡り合ったのね」
「そうだね。俺にはもったいないくらいに、良い人たちだよ」
「彼女さんも?」
「なっ」
さっきまで泣いていたのに、鼻声でからかってくるとは。
「彩歌さんは俺には勿体ないくらい素晴らしい方だけど、かといって誰かに譲る気は一切ございません」
「そうこなくちゃ」
彩歌さんもSNSで反論してくれていた。あの勇ましい文章に痺れたな……。
それから反論してくれた人たちのことを、面会時間ぎりぎりまで話していた。
「そういえば、母さんに聞きたいことがあるんだけど」
「なーに?」
「あの記事――」
~執筆中BGM紹介~
化物語より「帰り道」歌手:八九寺真宵(加藤英美里)様 作詞:meg rock様 作曲:神前暁様




