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言葉の裏


映画館のロビーは相変わらず賑わっていたが、奥のトイレに向かうと人ごみは抜けた。


「…………うっ」

「大丈夫ですか!?」


トイレの手前で蹲り、こめかみを抑えながら冷や汗をかいていた女性を見つけ、駆け寄った。


傍に行くと、顔色がかなり悪いのがわかった。


このまま蹲っているのは良くないな。


「歩けますか?」


こくりと無言で頷いた彼女を支えながら、近くの映画館のロビーのベンチまで誘導する。その間に秋人は近くの自販機で水を買ってきてくれた。


「お姉さん、薬とか持ってる?」


彩歌さんと同じくらいの年齢かそれ以上のお姉さんに秋人が水を差し出す。ゆるゆるとかばんからポーチを取り出して、錠剤を慣れた手つきで口に入れ、ペットボトルの水を仰いだ。


「………迷惑かけて、ごめんなさい」


よくよく見ると、目の下にはくまができていて、かなりやつれていた。それになにより目に輝きが無い。ひどく濁った色をしていて、それはまるでいつかの自分の目のようだと思った。


「迷惑なんて思ってないですよ」

「あ、日本語……」


へ?………あ!そういえばいま俺、金髪のカツラを被ってたんだった!そりゃ、金髪青目だったら外国の人だと思うよな!


変な罪悪感を抱きながらぺこぺこと頭を下げる。


「生まれも育ちも日本なので」

「そう、ですか」


このお姉さん、ずっと下を見てるなぁ……。体調が悪いから下を向いているというより、ずっと俯いたまま生きてきたみたいに。


「お姉さん、ちゃんとご飯食べてる?」

「え……」


さすがオカン。視点も助言も全部オカン。格好だけカッコいいお姉ちゃん(弟)。


「よく食べてよく動いてよく寝る。生きるうえで大切なことだよ」


当たり前のことこそ、必要なこと。だけど。


「生きる、ね」


自嘲気味に口の端を上げて歪に(わら)った。


「あなたたちには、生きる資格があるからそんなことが言えるのよ」


言葉の裏を返せば、お姉さんには生きる資格はないと言っているようで。


俺も秋人もお姉さんの悲しい言葉に何も言えずにいると、顔色は悪いまま立ち上がった。


「………助けてもらったのに、嫌なことを言ってごめんなさい。私はもう行くわ」

「あ、あの……!」


偶然同じ映画館にいて、たまたま出会った人。もう二度と会わないかもしれない人。一瞬喋っただけの他人。


でも、あまりにも過去の自分に似ていたから、見て見ぬフリなんてできなかった。


「ちょっと待っててくださいね!すぐ戻りますから!」


呆気にとられる2人を置いて、目的の場所に走る。時間帯的に空いていたので、ぱぱぱっと3軒ほど寄って両手にいっぱい抱えて秋人たちの元へ戻った。


「お、お待たせしました」


息を整えて、お姉さんに抱えていた袋を差し出す。


「これ、食べてください」


買ってきたのは、近くのフードコートにあったテイクアウトの食べ物。それを袋に入れてもらって、両手いっぱいに持ってきた。


「いらな、」

「はいこれ持って」

「え、」

「もったいないから捨てないでくださいよ」

「だから、」

「朝、昼、夜。毎食食べたらなくなると思うんで。それじゃ!」


お節介、押し付け、自己満足。


何とでも言え。後で全部捨てられていたとしても、構わない。俺は俺がやりたいようにやっただけだ。


お姉さんを置いて秋人と2人で映画館を出た。


「あ、トイレに行くの忘れてた。戻るか?」

「それはダサすぎ。どうせこの格好で男子トイレに入ったらパニックになるだろうし」

「あはは、たしかに」





――――――――――――――――――――――――




――気持ち悪い


私が書いた記事の影響がどこまで及んでいるのか。それを自分の目で確かめるために、苦手な人ごみの中、『月を喰らう』の映画を見に来た。


さぞ映画館はがらんとしているだろうと思っていたのに……!


来てみれば席は満席。人々は人気アニメの続編を楽しみにしていて、ちっぽけな記事などお構いなしだった。


――気持ち悪い


「笑っちゃいけないのよ」

「私たちに、幸せになる資格なんてないの」

「死ぬまでずっと、こうして生きていくしかないの……!」


うるさいうるさいうるさい!


ずっと言われ続けていた言葉が頭に響く。いつもの頭痛が襲ってきて、蹲ってやり過ごそうとしたら、綺麗な女性に声をかけられた。


「、、、で、か?」


金色の髪に、青空みたいに綺麗に澄んだ瞳を持った外国の人。頭がズキズキして、何を言っているのかは聞き取れなかったけど、とりあえず頷いた。


どうやら「歩けるか?」みたいなことを聞いていたらしく、力強く支えられた。支えられたときにわかったが、意外と筋肉がついていた。


綺麗な外国の人、ではなく、日本人だったのには驚いた。水をくれた妹?さんも綺麗な子。苦労なんて知らない子ども。


綺麗だけど、変な2人だった。


たくさんの食べ物を私に押し付けて帰ってしまった。


「こんなにたくさん、食べれるわけないじゃない……」


施された、と惨めな気持ちには不思議とならなかった。


あの2人からもらったものをどうしても捨てる気にはなれず、持ち帰ることにした。


久しぶりに触れた人の温もりは暖かくて、思わず決心が揺らいでしまいそうだった。


「あの子たちが私の本性を知ったら、軽蔑するでしょうね」


お互いに正体を知ることになるのは、一週間後のこと。

~執筆中BGM紹介~

「僕が死のうと思ったのは」歌手:中島美嘉様 作詞・作曲:秋田ひろむ様

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