後味スッキリ
映画館に入って座席に着いた。
「すっごく楽しみ!」
「映画の予告がもう神作画だったな」
「この映画の主題歌、めっちゃ好きなの!」
これから上映される映画に期待する声がそこかしこから聞こえてきた。
けれど、さすがにこの場にいる全員が週刊誌のことを知らないわけではないらしい。
「『ツキクラ』の曲を作ってる人が、なんか父親殺したとか聞いたけど……」
「え、マジで?」
「もしかしてその人、ここにいたりして~」
ギクッギクッ
俺たちの前の座席の人たちの会話に、秋人と2人でビクついた。が、俺はもともと顔出しをしていないし、今は女装もしているので正体がバレることは絶対にないだろう。女装バンザイ!
「そんなわけないっしょー」
「だよね。冗談言ってみただけ」
こうして周囲の声に耳をそばだてて、映画を見る前の反応を収集する。
すぐに席は満席になり、シアター内の照明が暗くなった。
「神映画やん……」
「え、無理無理。語彙力が追いつかない」
「ありがとう。この作品に携わった全ての人々に感謝します……」
115分の上映時間を終え、シアター内が明るくなると、人々が立ち上がって出口の方へ移動を始めた。
俺たちもその流れに乗って出口の方へ向かったが、周囲から聞こえてくる感想はどれも好感触だ。
週刊誌のことなんて忘れて、みんな『ツキクラ』の世界観に没入していた。
百聞は一見に如かず。他人から「評判良かったよ」と聞いても信じられなかったかもしれない。こうして自分の目で、耳で観客の反応を見ることができて、本当に良かった。
「ここに来れて良かったよ。連れてきてくれてありがとな、秋人」
「ん」
パーカーのぽっけに手を突っ込みながら秋人が返事をした。
……そういえば、秋人と2人きりで映画館に来たのは初めてかも。というか、秋人と2人で行動するっていうのが珍しいな。大抵は、家族で動いたり、冬瑚と3人で買い物に行ったりして、なかなか外で2人きりというのはなかった。
それに気づいた途端に妙な緊張感が襲ってきた。今までどんなこと喋ってたっけ?うーん。
「映画、どうだった?」
せっかく映画を見たんだし、感想を聞けばいいかと思い至った。
「思ったことは主に5つある」
感想文の冒頭ですか?
「1つ目は作画。アニメより滑らかにうにょうにょ動いていて、リアルだった。リアルよりリアルだった。線の一つ一つが丁寧に書き込まれているのがわかった」
「作画班に伝えとくよ」
絶対泣いて喜ぶ。
「2つ目に声優。技術的なこととかはよくわからないけど、息遣いまで聞こえてきて、良い意味でアニメじゃなかった。あと、主人公の声が普通にカッコいい」
めっっちゃわかる。
「3つ目にストーリー。先が読めない展開、グッとくるセリフ、テンポの良さが素人の僕から見ても良かった。後味スッキリ感がすごい」
後味スッキリ感……。
「4つ目に主題歌。映画の最後の主人公のシーンからの主題歌の入りが鳥肌ものだった。歌詞も映画に寄り添った内容だったし、なにより歌声から伝わるエネルギーがすごかった」
Luna×Runaの2人の実力が認められて嬉しい。
「5つ目は……、まぁ」
いままですらすらと、まるで原稿でもあったかのように饒舌だった秋人が、最後で言い淀んだ。
「なんだよ?教えろよ~」
「……BGMが良かった」
「ほんとに?本当に良いって思った?」
「だから、良かったって言ってんじゃん!兄貴、すげぇ仕事してんだなって、改めて思った」
「そっかそっかぁ」
秋人がこんなストレートに褒めてくれることなんて滅多にないから、てれってれに照れる。
「あ、ちょっとトイレに行ってくる」
「僕も」
映画館を出る前に、トイレに寄ろうとしたときだった。
「…………うっ」
女性がトイレの入り口手前で蹲っていたのに気づいたのは。
~執筆中BGM紹介~
さよなら私のクラマーより「悔しいことは蹴っ飛ばせ」歌手:小松未可子様 作詞・作曲:Q-MHz様




