チケット
傍から見たら美形姉妹、実際はどっちも男。
俺と秋人が女装をしている理由は……自分でもよくわかってないが、誰も俺のことを”御子柴智夏”として認識していなくて、気が楽でもある。
もしかして秋人はこれを狙って……?
週刊誌が出て、周りがみんな俺のことを知っているんじゃないかって思えて気が休まらなかったのだが、今のこの俺の姿を見たところで誰も何とも思わないだろう。
「女の子2人だけで遊んでるの?俺らも2人だし一緒に、」
「邪魔しないでくれます?」
「うぇ?男の声?」
訂正、ナンパ男は俺たちの見た目に騙されてホイホイやってくる。
「ふぇ~、映画館とーちゃく」
さすがに10回ちかくナンパされたら疲れるというもの。世のナンパされる女性たちの苦労が身にしみてわかった時間だった。
ポップコーンの甘い香りと薄暗い雰囲気。
平日の昼間の映画館とあって、家族連れや学生たちの姿はない。しかし社会人や大学生らしき人たちは結構な数だ。
秋人がスマホを取り出してチケットを発券するために機械の方に向かった。邪魔になるといけないので俺は後方で待機していたのだが、今度は女性集団に秋人が囲まれるのが見えた。
「はぁ……」
あの華やかな空間に今から飛び込んでいくのかと思うと気が重い。ため息の一つや二つ、出てしまうのは許して欲しい。
「超かわいい!」
「あ、あの」
「お肌すべすべね!」
「ちょ、やめ」
「一人ならお姉さんたちと一緒に映画見ない?」
「いや、えっと」
ナンパ男たちを追い払ったときとは違い、社会人女性?の集団にどう対処していいのかわからずに目に見えてテンパっている憐れな秋人の元へ向かう。
もみくちゃにされている秋人の腕を掴んで引っ張り出し、自分史上最大の高音の声を出す。
「私の妹に手を出すなんてッ!この、泥棒猫ちゃん達!」
「「「…」」」
……おや?
秋人を含めて、その場にいた全員がポカンと俺を見ているではないか。
もしかして、セリフ間違えたか?いや、もっと強く言うべきだったとか?うーん……。
「……姉がすみません」
秋人が頭が痛いとでも言うようにおでこを抑えながら謝った。
姉って、俺だよな?なんで謝った?秋人くんや?
「あたし達も悪かったわ」
「怖がらせてごめんね」
「そ、それじゃあね」
お姉さんたちもそそくさとどこかに行ってしまったし。
まぁ、秋人を無事に救出できたしいっか。細かいことは気にしない。
「僕は兄貴がときどき怖い」
「え~?こんなに可愛いのにぃ?」
「イラァ」
「声に出すほどイラついたのか」
ほっぺに手を当ててウインクを決めたら、秋人をイラつかせてしまった。周りの人たちがなぜかバタバタと倒れたが、立ちくらみだろうか?お大事に。
「ん」
「ありがと」
秋人が若干しわがついたチケットを俺に渡した。お姉さんたちにもみくちゃにされながらもこれだけは離さなかったんだな。お兄ちゃん泣いちゃうよ。
名誉の負傷を負ったチケットを受け取って、印字されたタイトルを見て驚いた。
「これ……」
「見たかったから」
ずるいな。
そんなことを弟にまっすぐに言われたら、何も言えなくなるじゃないか。
「ただいまよりシネマ1番『劇場版 月を喰らう』開場いたします――」
劇場のスタッフの案内が聞こえてきた。
秋人が買ったチケットは、渦中の『ツキクラ』のチケットだった。
「俺ら以外、お客さんいなかったりして……」
茶化すように言ったその言葉。
秋人は否定も肯定もせずに、ある方向を指さした。
「見て」
ドクン、ドクンと自分の心臓の音がうるさくて、周りの音が遠ざかっていく。
俺のせいで、『ツキクラ』に悪影響が出たら……
重い足を動かして、振り返った。
「あ……」
そこには、たくさんの人がチケットを持って並んでいた。みんな笑顔で、心待ちにしていたと、楽しみだと言って。
「満席だった。……これが答えだよ、兄貴。みんな気にしてない。兄貴の影響なんて小さいものだったんだよ」
俺のせいで悪影響が出たら?そんなの思い上がりだった。
「はぁーーー」
良かった……。
「なっげぇため息だな」
「ドッと疲労感が押し寄せてきた。ちょっと休ませて」
「何言ってんだ。僕らも並ばないと」
こうなったら次に気になってくるのが観客の反応、映画の評価だな。
~執筆中BGM紹介~
CrosSingより「君の知らない物語」歌手:花澤香菜様 作詞・作曲:ryo様 編曲:石原剛志様




